事例紹介:株式会社資生堂 化粧品開発センター様

なぜ今デザイン思考なのか。現場を変えるデザイン思考を紐解く

下田学氏

最近、“デザイン思考(デザインシンキング)”をテーマにした研修を依頼されることが、とみに増えています。なぜにこれほどまでに“デザイン思考”流行りなのかと、我々も不思議に思うことがありますが、“デザイン思考”にこれだけ関心を寄せる企業が多いことは、単に流行りということで片づけられない、現代の企業が置かれた状況の本質的な課題を浮き彫りにしているとも言えます。

かつては、思考力の強化と言えば、「論理的思考(ロジカルシンキ ング)」の強化が必要だ、「問題解決」の思考法をマネージャーに身に付けさせたい、といった依頼を受けることが圧倒的でした。しかし、こうした考え方においては、あくまでも、“解くべき問題”は明確であって、どのように効果的に“答え”を導いていくか、ということに主眼が置かれ、あとはそのための手法やスキルを身につけるということが前提となっていました。 
しかしながら、今我々が直面しているのは、“答え”どころか、“解くべき問題”自体が何かがよく分からない、という状況です。そのような状況では、「問い(何を解くべきか)自体も考え、仮の答えをスピーディに目に見えるようにし、フィードバックを得てよりよいものにする」という仕事の進め方でなければ、決して前に進みません。まさにこれが“デザイン思考”です。 
なぜに今これほどまでにデザイン思考に多くの企業が取り組むのか、という問いに対する答えは、詰まるところ、「先が見えない不確かな時代だから」というほかないと思います。
デザイン思考とは、「自分がデザイナーだと自覚したこともない人々に“デザイナーの道具”を手渡し、その道具をより幅広い問題に適用する」考え方と定義されています。(ティム・ブラウン『デザイン思考が世界を変える』)

“デザイナーの道具”とは、私達ビジネスパーソンが普段使っている道具とは、大きく異なります。今回の特集では、ワークショップを通じて、受講者達がどのような道具をどのように自分のものにしていったのか。株式会社資生堂化粧品開発センターコスメティクスブランドスキンケア製品開発グループ グループマネージャーの下田学様にお伺いしました。

自ら発案するR&D部門へ

「イノベーションが広く求められる社会の中で、将来のビューティーを見据えた研究がますます必要になっており、R&Dに寄せられる会社からの期待も非常に大きい」(下田氏)という化粧品開発センター。事業部から「こういうモノを作ってほしい」という要請を受けて始まる業務が多いという組織特性はあるものの、『要請対応だけではなく、自ら研究テーマを設定し、事業部に先がけて提案できる組織になろう』というのが、取り組みの根底にある思いでした。「それには、お客さまや事業部以上にお客さまの求めているものをしっかり捉えるスキルを持っている必要がある。そのためのスキルとしてデザイン思考が有効ではないかと考えました。」(下田氏)
商品開発にあたっては、顧客が商品をどのように使っているかを想像したり、インタビューを行なったりということは当然これまでも実施してきたわけだが、それだけではなかなかイノベーションが生まれない。ならば異なるアプローチが必要だと考えた下田氏は、全世界的に展開・活用が進むデザイン思考に注目。自身がスタンフォード大学で受講したデザインシンキング講座等の体験も踏まえて、自組織向けのプ ログラム開発のパートナーとして選んでいただいたのがPFCだ。

デザイン思考ワークショップ設計の難しさ

「デザイン思考とは、平たくいうと“お客さまのことをよく観察し、問題が何かを特定し、それにこたえるソリューションをささっと作って目に見えるカタチにする”というとです。これだけを見ると、今まで我々がやってきたこととさほど変わらない、何の変哲もないプロセスに聞こえます。従って、プログラム開発にあたって留意したのは、いかにこれまで自分達が行なってきたプロセスとは本質的な部分で違うかを伝えて理解してもらう点でした。」(下田氏)
自分達が普段行なっている業務プロセスといかに異なるか、そしていかに有効なプロセスであるかということを受講者に実感・体感してもらうためには、共有する事例の説得力と、行なうワークの有用性が鍵となった。
「これらの準備は想像以上に難しいものでした。これでいけると思えるワークショップになるまでは、一度決めた実施日程を延期してでも、納得のいくものにする覚悟でした。短い準備期間の中、本番のわずか数日前まで、何回も直接お会いしてのディスカッションやメールのやり とりを重ねながら一緒に作り上げていただいたPFCさまには大変感謝していますし、最終的にはとてもインパクトのある内容にできたと思います。」(下田氏)

自分達の普段の思考方法や仕事の進め方との比較

デザイン思考のワークショップ は、まず、デザイン思考が何たるものかを体感するワークから始めた。ある“モノ”をデザインしてほしいと指示を出すと、受講者は皆、一生懸命にその“モノ”をよりよくデザインすることに没頭していた。しかし、次に、その“モノそのもの”にこだわらず、その“モノを含む経験を楽しむ方法”をデザインしてほしいというと、実にクリエイティブで発想に広がりのあるデザインが生まれた。デザイン思考の本質の一つは、自身の仕事をモノ、つまりプロダクトのデザインに限定しないで捉えることにある。
また、デザイン思考で仕事を進めている他企業の動画を視聴し、自分達の普段の仕事の進め方との違いも議論した。「動画を見ることでデザインシンキングの何たるかがイメージできとても効果的でした。(アンケートより抜粋)」という声からも捉えられるように、自分の仕事の進め方を見直す意味においてこのセッションは大いに刺激があったようで、様々な点がクローズアップされた。
特に、「フラットな文化。プロジェクトリーダーだけがリーダーではない。」「ダイバーシティに富んだ様々な専門領域の人が議論に参加している。」「お互いを尊重し、誰もが楽しそうに仕事をしている。」など、組織のあり方に対して注目したコメントがたくさん出ていた。今後 は習ったスキルを各人が研究設定やその推進に活用するのみならず、 受講者の皆さんのここでの気づきを元に、今後どのような組織運営や文化が必要なのかについても是非話し合っていこうと、下田氏からネ クストステップの確認がなされた。

「相手の靴を履く」ことで顧客の課題をリアルに想像・体感する

デザイン思考のプロセス図

さて、今回のデザイン思考ワークショップの内容を、もう少し順を追って具体的に共有したい。
受講後に受講者の皆さんから寄せられた感想では、デザイン思考の最初のステップである「理解(観察/ 共感)」の難しさ、そこでの気づきの大きさに触れていた方が多かった。

コメントをひとつご紹介しよう。
「今回のデザインシンキングで最も印象に残ったのは、徹底して観察する/相手の立場に立って共感するステップの重要性でした。ともすれ ば、簡単に“徹底的に”考えたつもりになってしまっていることを“相手の靴を履いてみる”というキーワードで、改めて気づかせていただいた気がしています。」
先ほど触れたが、ワークショップの設計にあたっては、共有する事例の説得力と、行なうワークの有用性が鍵だと考えた。ここでの事例とワークを共有しよう。

ある途上国で、子供たちは毎日片道1時間以上かけて隣村まで水くみに行っていた。見かねた 日本の協力で、 村の外れに井戸ができた。しかし、1年後に行ってみると、まったく使われて いなかった。なぜだろうか?

様々な仮説が受講者から出されたが、ついぞ正解は出なかった。正解は、ここではあえて隠しておくが、まさに、現場に行って現地の生活を体感してみなければ、絶対にたどり着けない答えだという声が上がった。
ファシリテーターが紹介した、病院のリデザインの話も受講者の印象に残ったようだ。
「技術者的なアプローチで行くと、ついつい検査機器の性能を上げることに注力しがちだが、病院での経験を全く異なるものとしてデザインし直したことが画期的と捉えられました。性能を上げてもユーザーのソリューションになるとは限らないということをまざまざと見せつけられたようです。まさに、ユーザーの靴を実際に履き、ユー ザーの気持ちを実感してはじめてアイデアを創出するプロセスに行ける。アイデアを急ぐのではない、理解・共感や問題定義のプロセスをしっかり行なわなければならないということの重要性を再認識してもらえたと思います。」(下田氏)
続いて行なったワークは、現在受講者各人が抱える問題を題材として、デザイン思考のプロセスを実践してみるものだった。自身が実際に抱える問題を持ち込み、(時間が限られている当日のセッション中に実際の現場を観察しに行くわけにはいかないので)予め撮った写真や動画でその様子をパートナーと共有し、それを観察したパートナーに、様々な質問を投げかけてもらうことで、何が問題なのかをしっかりと定義してもらった。

ゼロベースのプロトタイピング

問題を定義した後は、アイデアを出し、試作(プロトタイピング)するプロセスに入る。試作品を作ることは日常的に行なわれているが、ここでもデザイン思考ならではの特徴がある。
「受講者達の普段の業務では“こういうモノを作ってください”という要請を受け、あらかじめ“こういうモノ”に似た参考となるモノが提示されます。一方、デザイン思考における試作では、“この課題が解決できる方法”を、文字通りゼロから作る必要があります。こういった場合 では、時間をかけてしっかりと精度の高いものを作り込んでから要請元に確認するよりも、とりあえず見えるカタチにして、
『こうですか?』
『いや、ちょっと違う、ここはもう少しこういうことができませんか?』
『これではどうでしょう?』
といったやりとりをいかに効果的に交わせるかが勝負です。さっと作って、さっとフィードバックをもらって、さっと次の段階に反映させていくという、クイックでダイナミックなサイクルは、デザイン思考ならではのものだと思います。このプロセスを自分自身の課題で体験できたことは、受講者にとって新鮮な刺激があったと思います。」(下田 氏)
この一連のワークに関しては、「従来の研究の進め方などで自身が考えるプロセスとは異なる思考法を学べたことが良かった。特に問題をしっかりと定義すること、複数の視点を入れて解決することなどは今後の業務に取り入れていきたい。」のような声が寄せられた。

デザイン思考は組織文化を変えることにも寄与する

ファシリテーターを務めたPFCの松村卓朗(代表取締役)も、「デザイン思考を学ぶことを通じて、受講された皆さんの組織開発の重要性や必要性への認識がさらに進んだことは、ワークショップの成果として、各人のスキルが上がること以上に大きなことでした。デザイン思考を単に各人が身に着けるべきスキルとして位置付けるのではなく、デザイン思考は“組織開発”のためのツールであることや、その本質を私達PFCがアレンジして伝えていくことの重要性を、このワークショップでの皆さんとの対話の中であらためて認識しました。」と語ってい る。

下田氏は、最後に次のようにコメントして総括した。
「研究員は一人ひとりが色々な価値観やアンテナ、着眼点をもった多様な存在。ですが、研究員が『自分はこれがいいと思う』、『これを使ってください』ということではなく、あくまでも主役はお客さまです。彼らが思いつく様々な技術のアイデアや価値を、デザイン思考のツールを効果的に使いながら、お客さまの経験の中にバチっとはまって喜んでいただけるものはもとより、お客さまの新しい経験を作るものを開発していきたいと思っています。そのためにも、デザイン思考を活用したプロセスを一人ひとりが、あるいはチームや組織がスキルセットとして持っている状態を実現することが大事だと考えています。 来年度の研究テーマについてもそろそろ内容を決める段階に来ているのですが、決して技術者視点にならずにユーザーのニーズに近づけていく、ユーザーによりよい経験を提供していくためにデザイン思考を活用していきます。」

デザインシンキングを提唱したd.school(2005年にスタンフォード大学により創設)に、1年間在籍したPFCコーディネーターのチェルシー・リンの記事はこちら