Web版 組織開発ハンドブック
ソーシャル組織開発
「オリンピックが目指した多様性促進と経営リーダーがすべきこと」 黒田由貴子
「多様性と調和」のオリンピックから学ぶ
8月8日、2020東京オリンピックが閉幕した。開催前までは、自分は世間一般と同様、「コロナ禍においてオリンピックをやっている場合ではないだろう」と考える派だったが、始まってしまった以上は楽しまなきゃ損と思い、たくさんの興奮や感動をいただいた。>
オリンピックは単なるスポーツ大会以上の意義がある。世界が同じ目標やビジョンを共有する場であり、それに向かって挑戦したりメッセージを発信したりする機会だと言われている。2020東京オリンピックは「多様性と調和」をビジョンに掲げたのはよいが、開催前にオリンピック委員会関係者の数々の問題が表に出て、世界中に恥をさらすこととなってしまった。
ただ、日本社会にとって多様性尊重とはどういうことなのかを学ぶ良い機会になったように思う。たとえば、元委員長の「女性は話が長い」失言では、「この程度のことでこんなにバッシングされてしまうのか」と震え上がった男性諸君も少なくないのではないか。企業でも、今や多様性推進をスローガンに掲げていない企業を探すほうが難しいくらいだが、各社において、「多様性促進」というスローガンと実態が乖離していないかを顧みる機会にするとよいだろう。
経営層は「女性活躍推進」にどこまで本気か?
弊社ピープルフォーカス・コンサルティングは、ダイバーシティマネジメント研修などの多様性推進の各種サービスを提供して20年近くが経つが、最近は役員層向けの講演を依頼されることも増え、いよいよ多様性も経営マターにまでなったかと感慨深い。多様性とひと言でいっても様々な属性があるわけだが、日本企業にとって喫緊の課題はジェンダー・ダイバーシティ、すなわち女性活躍推進であることは言うまでもない。取締役会メンバーに女性がいなければ議決権行使する海外の機関投資家という「外圧」はもちろん、女性管理職比率などの指標の開示も内外から求められる時代だからだ。
ただ、それほどまでに重要になった女性活用の意義について、経営層はどの程度納得しているのだろうか。もちろん今日の時代にあって「我が社に女性の活躍の場はない」などと口に出して言う経営者はまずいないので、本当のところどう思っているのかは伺い知れない。そこで、最近では、パンデミックで講演会や研修がオンラインになったことの利点を活かし、投票機能を使って「女性活躍推進の重要性はどの程度腹落ちしていますか?」という質問をしてみている。匿名で投票できるので、本音の回答が得られることを期待してのことだ。すると、「あまり納得していない」の選択肢を選ぶ人が一定数いるものの、過半数は「とても納得している」と「まあまあ納得している」を選ぶという結果になることが大半だ。
納得している経営層がそんなに多いのなら、なぜ今だに日本企業において女性活躍推進が亀の歩みなのだろうか。投票を経て、意見交換を始めると、化けの皮がはがれる。ほとんどの人が、女性を活躍させることの難しさやデメリットを挙げるばかりで、具体的な取組みや意気込みを語る人は極めて少ない。やはり実のところは腹落ちしていないのだろう。
納得しているのであれば行動する
腹落ちしていれば、つまり、女性活躍推進が自社の企業価値向上には不可欠だと心底考えているのであれば、それは行動に現れるはずである。実際にそのような人は、たとえば、要職に空きポジションが出れば、女性候補を探す、または探してくるように指示をするといったような行動をとっている。社内からはよく「候補がいない」などといった言い訳が出てくるが、そうしたら「もっと本気で探せ」とはっぱをかける。
また、だいぶ昔の話ではあるが、フォード社がマツダを傘下に収めたとき、アメリカ人経営幹部が、マツダの日本人幹部が全員男性だったのに驚愕して、全女性社員の階級を一律に上げるという荒業に出たことがある。さすがにこの方策は荒すぎて、後には失敗だったと評されているようだが、多様性の重要性に納得している人であれば、具体的に何かをしようとすることのわかりやすい例であると思う。
私はWCD(Women Corporate Directors)というグローバルな女性取締役ネットワークに所属していて、6月にはそのグローバルサミットがオンラインで開催された。そこでは、JPモルガンCEOのジェイミー・ダイモン氏、ブラックロックCEOのラリー・フィンク氏、ダウ・ケミカル元CEOのアンドリュー・リバリス氏といった世界に名だたる経営者ら(男性)が登壇し、それぞれが自分の言葉でジェンダー・ダイバーシティの重要性を語っていた。このような公の場でのメッセージ発信もとりうる行動の一つだ。日本企業の男性経営者も世界に向かって多様性の重要性を語るようになることを願う。
多様な価値観を戦わすことで組織は強くなる
では、なぜ日本では女性活用推進に対する腹落ち度が低いのだろうか。日本社会における女性の立場といった社会的背景の問題はもちろんあるのだが、それ以前に、多様性がもたらす価値を実感・体感する経験が少ないからではないだろうか。日本では、画一性が生み出す効率性による成功体験が染みついてしまっているのだ。しかし、VUCAの時代の今日においては、物事や状況をより多面的に見て、正解がない中でより多様な価値観を戦わすことで進むべき道を見出すことが必要になっている。
「実力本位で人選しないとおかしなことになる」と言う人も多い。もちろん、実力がない女性を登用するわけにはいかない。しかし、アンコンシャス・バイアスによって実力を正しく見抜けていない場合や、同じような「実力」の人ばかりが集まってしまう場合があることを認識する必要がある。『多様性の科学』の著者のマシュー・サイド氏は、「Best & Brightest (最も優秀な)な人たちを集めても、画一的なメンバーだったら、その集団としての能力は、多様性に富む集団に劣る」と主張する。先述のWCDでスピーカーらも、「世の中の人口の半分は女性である。その視点をなくして意思決定をするのは大きなリスクである」と述べていた。
ところで、思えば、オリンピック史上最難関の今大会を導いたのは、都知事、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会委員長、オリンピック・パラリンピック担当大臣の女性リーダー3名だった。World Economic Forumの国別ジェンダーランキングで120位と女性活躍度合いが世界最低水準の日本だが、捨てたものではないことを世界に見せつけることはできたのではないか。
※女性リーダー支援基金の賛同人をやっています。現在公募中です。
女性リーダー支援基金 ~ 一粒の麦 ~