コラム

2024.04.18(木) コラム

「今」に集中してイエスアンド!インプロの専門家に聞くビジネスのヒント

 インプロは、インプロヴィゼーションの省略で、もともとは即興劇を行う役者の間で行われていたトレーニングでした。2000年前後からビジネススキルやコミュニケーションスキル向上を目的として、日本国内でもインプロを使った企業研修が行われるようになりました。

 今回はこの「インプロ」について、マイケル・グレイザー(ピープルフォーカス・コンサルティング シニア・コンサルタント)が、スタンフォード大学名誉教授であり「Improv Wisdom」の著者であるパトリシア・ライアン・マドソン博士に聞きました。インタビューは英語で行われましたが、本記事ではその一部を和訳してお届けします。ポッドキャスト(英語)はこちらをご覧ください。英語での全文書き起こしもあります。

自分ではなく相手に注意を向ける

マイケル:インプロ・シアターでの経験が、あなた自身のウェルビーイングにどのような影響を与えたのか、教えていただけますか?

パトリシア:インプロが日常生活にどのような扉を開くことができるのかは、私が最も興味を持っている分野です。「マキシム(インプロの原則)」のおかげで、「自分で自分の邪魔をしない」ようになったと思います。
 マキシムのひとつは、ただその場所に行くこと。もうひとつは、何をするにしても入念に準備すること。ただし、心配しすぎたり準備しすぎたりすると、時には自分自身を混乱させてしまうので気をつけないといけません。なのでインプロをやる役者のアドバイスとしては、とにかくステージに足を踏み入れること。目の前にあることだけに集中して対処することです。
 インプロは、私が苦手分野に踏み入れるきっかけをくれました。私はよく企業等に招かれて「インプロがどのように私たちやその商売に役立つか」などについて話してくれと言われます。しかし、インプロは、自分ではなく相手に注意を向けるものなんです。今、私の画面にはあなたの顔だけが大きく映し出されています。一方、あなたは私の顔だけを見ているわけで、このように互いが対等になると、自分自身を見るのではなく、誰と一緒にいるのか、なぜここにいるのかを思い出させてくれます。インプロは、相手に注意を向けるように助けてくれるのです。

 「自分ではなく相手に注意を向ける」というのは簡単そうでなかなか難しいことです。人はつい「自分のアイデア」「自分のやりたいこと」に夢中になってしまいがちです。そうではなく、「相手のアイデア」「相手のやりたいこと」にフォーカスできたら、チームでのコミュニケーション、部下や上司とのコミュニケーションもスムーズになりそうですね。

常に新鮮な気持ちで「今おきていること」に臨む

 続いて、パトリシアは「先入観」や「内なるモノローグ」についても話してくれました。

パトリシア:たとえば、私はアートを作るのは得意ではありません。でも下手の横好きで、サークルに入っています。「バッド・アート・ナイト」と言う名前で、金曜の夜に集まって、自分たちの作品を持ち寄るんです。私たちは皆、下手くそなアートができあがることを知っているので、そのちょっとした心のひねりが、作品を作るための扉を開いてくれるのです。

また、夫はスタンフォード大学のスポーツの熱狂的な信者で、バスケット、サッカー、女子バレーボール、フットボールをよく観戦します。同行する私は、インプロのおかげで、「今そこにあるもの」を見ることができるようになりました。何事も新しい目で見る。何かがどうなるかについて、先入観を持たずに見ることができるようになったんです。インプロをやる役者は、期待も終着点も持つことなく、常に新鮮な気持ちで、今起きていることに臨むんですよ。

マイケル:それは、先入観や期待を持っていることに気づくための意識的なプロセスですか?新しい可能性を生み出すために、それを意図的に解放するようなことが内部で起こるのですか?

パトリシア:そんな感じです。面白いのは、自分の心が自分をもてあそんでいたり、役に立たないことを言っていることに気づいたら、(そんなことは必要ない)と自分に言い聞かせることができるようになることです。自分の内なるモノローグが支えにならないことに自分が気づいて、「内なるモノローグは必要ない」と自分に言い聞かせられるようになるのです。

マイケル:マインドフルネスに似ていますね。

パトリシア:そう、共通点は多い。実際、私の元教え子の一人が『プレイフル・マインドフルネス』という本を書いたんですが、彼はまさにその交差点に注目しています。(ちなみに彼の名前はテッド・デ・メイ・ゾーンといいます)。どういうわけか、インプロはコメディのことだという大きな誤解があって、「即興」という言葉を聞くと、まず最初に「ああ、私には絶対にできない」と思う人がいます。「ステージに飛び乗って何かをするなんて!」ってね。

でも実際は、私たちはいつも即興でやってますよね。このポッドキャストの会話はすべて即興だし、日常会話も即興。私たちはそれを即興だとは思っていないけれど、即興なんです。だから、口に出す前に完璧にしようとするのではなく、思考に従うことを自分に許したとき、私たちは自分自身を解放することができるのです。

やる気が出なければ「ただその場所に行けばよい」

インタビューの中では「準備をしない」「ただ現れる」といった、本の中で紹介された「マキシム」にも話が及びました。

マイケル:あなたの本の話を聞かせてください。あなたの本には13のインプロ・マキシムがありますが、その選択について少し説明してください。特に「準備をしない」「ただ現れる(just show up)」というふたつのマキシムについて話したいのですが、その前に、なぜこれらを「ルール」ではなく「マキシム」と名づけたのか教えてもらえますか?

パトリシア:ランダムハウスには素晴らしい編集者がいて、私たちはこのことについて考え、さまざまなことを試しました。現実はルールではない。ルールにはある種の最終性がある。一方、マキシムという言葉には、ある種の真理や近づきやすい知恵があるという概念があるようには思えなかった。これがヒントです。マキシムという言葉は、原則やルール、何をしなければならないかという10のガイドラインとかよりも、ずっと良いアイデアのように思えたんです。そして、どんなことにも可能性があり、実行可能なアイデアなんです。
 例えば、「何かを感じよう」とは決して言いません。なぜなら、私たちは自分の感情をコントロールできないからです。だからインプロをやる役者は、特別な計画なしに、どこでも始めることができるんです。そして、彼らの「オファー」もどこにでもあるんです。

マイケル:「ただ現れる」ということが何を意味するのか、また、どのように実践すればこのようなオファーが生まれるのか、少し説明していただけますか?

パトリシア:それは肉体的なことで、姿を現すということは、自分の体を必要な場所に持っていくということです。
 私たちは、ある種の「準備」をしなければならない、と頭を悩ませることがありますよね。そして、モチベーションが上がらない。でもインプロヴァイザーにはモチベーションは必要ないんです。体をどこかに持っていけばいいだけなんです。
 例えば、もっと運動したいと思ったら、ジムに行きたいと思う代わりに、ジム用のパンツをはいて、車に乗って、ジムまでの4マイルを運転して、玄関に入る。これは、物理的に必要な場所に身を置くということです。本を書いたり作業したりする必要があるなら、コンピューターの前に座るか、ノートを手にする必要がありますよね。それが私たちの仕事のやり方なんです。モチベーションは必要ないんです。物事を始めるには素質が必要で、多くの場合、自信は後からついてきます。
 先ほどの例で言えば、ジムに行きたくなくなったとする。でも行ってしまいさえすれば。運動し終えたとき、満足感を得ることができます。それは運動する前にはなかった感覚です。だから、行動の力を第一に考えることが大事です。そうすれば、物理的に自分がどこにいるかに気づくことができるのです。

発展させられるアイデアを見つけ出して「イエスアンド」する

インタビューの中では、チームビルディングに役立ちそうなアドバイスもありました。

マイケル:同僚についてよりよく知り、彼らがチームやプロジェクトにもたらすものを引き出すためにできることをひとつかふたつ教えてください。

パトリシア:自分の番が回ってきたときに何を話そうかと考え、なんとなく準備しているような会議では、周りの話をちゃんと聞いていないことがよくあります。このようなコミュニケーションにおける最初のステップは、パートナーが言っていること、あるいは他の人々が言っていることが世界で最も重要なことなのかどうか、耳を傾けることだと思います。
 私たちはよく「あなたのパートナーは天才だ」という言葉を使います。あなたが一緒に仕事をしている誰もが、本当に天才であり、あなたの仕事は、それが何であれ、それを育て、発展させる手助けをすることだと想像してみてください。すると私たちは、おそらくインプロの基本原則である、最も効果的なことすなわち「イエス」に行き着きます。
 インプロについて聞いたことがある人なら、ほとんどの人が「イエス」を知っていると思います。では、それはどういう意味でしょうか?もちろん、人生のすべてにイエスと言うことはできない。それはクレイジーです。直さなきゃいけないこともたくさんありますよね。そして、インプロをやる役者は、自分自身と約束するようなことは、あまり好きではありません。
 私たちは、放っておくと物事を批判的な目で見てしまいがちですが、実際には起こっていることの間違っている点を探して聞いていることが多いのです。インプロをやる役者はそうではなく、細部に耳を傾け、何か発展させるための材料を見つけ出します。そして、単に「イエス」と言うだけではなく、「イエスアンド(はい、そして)と続けるのです。これは本当に強力です。

マイケル:つまり、誰かがアイデアを提示した場合、ビジネスの場では非現実的でうまくいかないと思うようなアイデアでも、「そうだ」と思うことができるということですね。相手のアイデアの中で、素晴らしい部分、魅力的な部分、ユニークな部分、根拠がある部分など、メリットを感じる部分を見つけ、そのアイデアのどこが好きかを言って、それを相手に伝える。

パトリシア:まさにその通りです。私が使っている例のひとつに、こんな話があります。子供が母親に「ママ、ポニーが欲しい。ポニーを飼ってもいい?」と聞く。もちろん、ポニーを飼うことはできない。でも、母親が「ポニーに興味があるの?じゃあ図書館でポニーの本を借りようか」「ハーフムーン湾にポニー牧場があるはずだから、行ってみようよ」と答えたらどうでしょう。その不可能なアイデアの中に、良いアイデアの核となるものがあるはずです。その上で、明らかにうまくいかないアイデアの中にある、良いアイデアの核を探せばいいのです。そこからしばしば天才的な発想が生まれることもありますよ。

マイケル:私たちがすべきことはふたつあるということですね。ひとつは、異なる考えを受け入れること。そしてもうひとつは、好奇心を持って耳を傾けること。

パトリシア:ネガティブになるのは人間の自然な反応です。原始時代を考えてみてください。私たちは、自分に襲いかかってくるものに対して何が問題なのかを見つけようとするのは自然なことなんです。だから、インプロをやる役者は何かを聞いたときに、それを撃ち落とす前に、新しい考え方をしようとするんです。私の机には「良いところを見つけて褒める」という小さなメモがあります。何が正しいかを見極めるんです。そして、それに追加する方法を見つけたり、感謝状を送るために感謝したり、光を取り入れる方法を見つけたりするんです。

相手や「今おきていること」に集中し、その中から発展させられそうな言葉やアイデアを見つけて「イエスアンド」していく。インプロには、ビジネスの場でも生かせるヒントがたくさんあります。

ピープルフォーカス・コンサルティングでは、インプロを活用したチームビルディングのプログラムをご用意しています。
【プログラムの例】
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Michael Glazer(マイケル・グレイザー)
ピープルフォーカス・コンサルティング
シニア・コンサルタント