Web版 組織開発ハンドブック

ソーシャル組織開発

「人権問題に取り組むのに必要な対話力」黒田由貴子

企業が取り組むべき社会課題のひとつは人権に関することである。人権問題としてあげられるのは、過労死や各種ハラスメントといった問題の他に、海外から「奴隷労働だ」と糾弾されている外国人技能実習生の問題などもある。また、2か月前には、自民党がLGBT理解促進法案の国会提出を見送った。LGBTについて理解する気もないのかと、自民党議員らの少数派の人権に対する意識の低さに情けなくなる。一方、企業に目を向ければ、社内研修の実施など、マイノリティや人権に関する取組みは進みつつある。(ちなみに、先日、我が社ピープルフォーカス・コンサルティングは、「ビジネスによるLGBT平等サポート宣言」に署名した。)

サプライチェーンと人権問題

もうひとつ、企業にとって重要な人権問題は、サプライチェーン上の労働者である。自社と取引するサプライヤー(含むサプライヤーの下請け企業)が労働者の人権侵害をしているのを看過してはいけないということだ。たとえば、最近では、ユニクロがウイグル自治区における人権問題に加担しているのではないかと、主にアメリカやフランスが疑いの目を向けている。

サプライチェーンの人権問題が大きく注目されるようになったのは、ナイキの下請け企業が児童労働をさせていたことが発覚した1997年のことだ。決して新しい問題ではない。さらに、2013年にバングラデッシュのアパレル縫製工場が崩落した事故では、世界中のアパレル業者の社会的責任が問われた。        
この問題は靴やアパレル業界に限ったことではない。コンゴで児童労働によって採掘されたレアメタルは自動車や携帯電話などに使われているし、ウイグル自治区で作られる太陽光パネルも問題になりつつある。

グローバルにマルチ・ステークホルダーが集う人権のフォーラム

では、重要性と複雑性が増す人権問題に対して企業はどう対応したらよいのか。考え方の枠組みを提示したのがジョン・ラギー教授である。「保護・尊重・救済(protect/respect/remedy)」で構成される枠組みはラギー・フレームワークと呼ばれ、ビジネスにおける人権の分野の支柱となっている。さらに、サプライチェーン上の児童労働など、事業活動に伴う人権侵害リスクを企業が把握し予防や軽減策を講じる「人権デュー・デリジェンス」を実践する日本企業も徐々にだが増えてきている。

2011年の「ビジネスと人権に関する指導原則」制定を機に、国連が毎年開催しているのが「ビジネスと人権の国連フォーラム」だ。世界中から企業、政府、NGO、学会など2000名以上がジュネーブに集い、60以上のセッションが行われる。私は2017年に参加したことがあるが、これだけの人数のマルチ・ステークホルダーによるダイアログはなかなか圧巻であった。この年の中核テーマは、「Realizing Access to Effective Remedy」。つまり、「保護・尊重・救済」のうち「救済」に焦点をあて、ビジネスによって影響(被害)を受ける人を救済する仕組みの実効性についての意見交換が行われた。

かみ合わなかった日本側と現地人との対話

セッションの中で最も印象に残っているのが、「ミャンマーのティラワ経済特区で影響を受ける人々の救済へのアクセスに関するマルチ・ステークホルダーの視点」と題されたパネルディスカッションである。パネリストとして登壇したのは、ミャンマー人の担当官僚、ティラワ工業団地を管轄する企業のCEO(日本人)、JICAの担当者(日本人)、ティラワ地域の住民活動からの代表者(ミャンマー人)、そしてNGOからの代表者(国籍は不明だが欧米人)の5名。

最初に、二人の日本人から、ティラワ経済特区においては救済の仕組みがいかに”ちゃんと”できているかのプレゼンテーションがあり、それを持ち上げるミャンマー人官僚の発言があった。空気が一変したのは、住民活動の代表者が口火を切ったときだ。彼女は「工業団地の開発により、立ち退きを強いられた人が少なからずおり、不当な扱いを受け、いくら苦情を申し立てても取り上げてもらえなかった」と切々と訴えた。欧米人のNGOの人がそれに加勢し、ここの救済の仕組みは全く機能していないと非難した。

その訴えに対し、日本人のパネリストらは、「問題があれば、いつでも来てください。我々は話を聴きますよ」と返すのだが、二人は「今まで、いくら言っても、聞いてくれなかったではないか」と言い返し、話は平行線を辿った。最後に国連人権ワーキンググループのメンバーの方が「見解の違いが明らかになったのが成果だ」と苦し紛れのクロージングのコメントで締めくくり、パネルディスカッションは終わった。

それは、あたかも、与党と野党のかみ合わない国会質疑を見ているようだった。住民代表の方の訴えがどこまで正当なのか知る由はないが、体制側(日本人らとミャンマー人官僚)がきちんと対話できていなかったのは明らかだった。見解が異なるもの同士で対話を成り立たせるには、意見には賛同できなくても共感を示すことが鍵となる。こうした対話力や共感力を元々有している人もいるが、訓練して身に付けることも可能だ。実際にリーダー教育の一環としてそうしたトレーニングが行われることがある。

コロナ禍においても、対話力・共感力のある国家リーダーが上手く国民を導いたことは記憶に新しい。ビジネスリーダーも、人権の「保護・尊重・救済」のために、対話力・共感力を身に付けよう。人権とは、人間らしく尊厳を持って生きることの権利であり、多分に価値観がからんでくる。海外の人の人権となれば、異なる価値観とのぶつかり合いも避けられない。だからこそ、人権問題の対処には対話が不可欠なのだ。