Web版 組織開発ハンドブック

ソーシャル組織開発

「牛が次の石炭? ~地球温暖化防止の新たなる動向」黒田由貴子

“Cow is the new coal”

過去の記事で、自分は、地球温暖化対策のために「肉食を減らす」ということを目標に掲げている旨を書いた。畜産業は環境への影響が大きいし、中でも牛は温室化効果があるメタンを排出するからだ。「あなた一人がそんなことをやったところで意味ない」と鼻で笑うことなかれ。最近、45兆ドルの資産を運用しているFAIRR Networkという団体が「Cow is the new coal」と称してから、投資の世界において、牛、そして酪農業の行く末に注目が集まり始めているのだ。

投資の世界が注目といっても、酪農業に投資しようということではない。その反対で、酪農業は現在の石炭業界のように、投資撤退の対象となり、座礁試算(=社会の要請など様々な状況が激変することにより価値が大きく棄損される資産のこと)になるリスクがあるという警告だ。メタンは二酸化炭素より25倍の温室効果があるそうだが、FAIRR Networkによると、世界の牛や畜産が排出するメタンの量は、世界の人為的な排出量の44%を占めているそうだ。その量は、全世界の飛行機、自動車、鉄道から排出される温室効果ガス量をも上回っており、さらには年々増加しているという。

それゆえ、昨年11月に開かれたCOP26においても、食に関わる企業がメタン排出削減の対策に動く必要性が叫ばれた。しかし、メタン排出削減に向けた企業側の動きはにぶいとFAIRR Networkは糾弾している。たとえば、グローバルな食肉メーカーと酪農業者のうち、メタン排出量のトラッキングを行っているのは18%に過ぎないという。

それでも、植物由来肉と培養肉から成る代替肉の世界における市場規模は今や2500億ドルを上回る。そして、2030年には約1.8兆ドルにまで急速に伸びることが予想されている(主所:矢野経済研究所)。既存の企業の動きがにぶくとも、欧米のミレニアル世代の間では肉食離れする人が増えており、代替肉メーカーの新興勢力が台頭し、市場を席捲しているということであろう。

また、ヨーロッパの一部の国では、「肉食税」なるものを検討しているという話もある。今のエネルギー業界や自動車業界に走る激震に近いものが、近い将来に畜産業界や食品業界を襲うことになるのかもしれない。

薄い危機感の日本

翻って日本では、一人当たりの肉の消費量で見れば、欧米人の半分以下だからか、罪悪感も危機感も薄いようである。たとえば、COP26の報道をとっても、脱炭素のために、再生エネルギーに舵をきるのか、それともアンモニアの技術を使って二酸化炭素を排出しない方法で石炭火力を続けるのかといった議論は盛んだが、「牛」問題に関する報道はほとんど目に留まらない。

「米国と比べたら日本人の一人当たりの電気使用量は少ない」と日本の経済人らが世界の脱炭素の流れを他人事のように見ているうちに、日本はエネルギー産業構造の変革に乗り遅れ、ついには脱炭素後進国の烙印を押されるようになった。その二の舞にならないか心配だ。

数年前のことだが、ある食品メーカーのESG戦略のプレゼンテーションを聞いたことがある。そのメーカーは、「我が社は多くの家庭の食卓に美味しい食事をもたらし、家族の団欒を育んでおり、SDGsに大きく貢献している」と胸を張っていた。家族の団欒はよいのだが、それよりも、SDGsに貢献したいならもっと大事な問題が様々あるのではないかと、自分は首をかしげた。たとえば、その食品メーカーが提供する肉製品でどれだけのメタンガスを排出しているのか、その削減にどう取り組むのか、家畜の大量生産・大量消費にストップがかかったときに事業はどうなるのか、という課題を検討し情報開示するべきではないかといったことだ。日本企業のスタンスとグローバルなトレンドとのずれを感じたものだった。

問題は肉だけではない

さて、自分自身は肉食を減らすことにしたわけだが、困ったことに、問題は肉だけではない。地球温暖化とは別問題だが、水産業においても、海洋生態系保全や、水産業界の劣悪な労働環境(人権問題に関わる)といった問題が指摘されている。さらに、2019年には、BBCが放映した鮭の養殖の実態をあばく番組が世間に衝撃をもたらしたと耳にした(自分はその番組は見ていない)。

以前、ストローが鼻にささった亀がネットの動画が拡散したがきっかけで、海洋プラスチック問題が大きくクローズアップされるようになった。鮭の養殖について同じようなことが起きないともいえないだろう。

フレキシタリアンならなれる

肉も魚もだめとなったら、生きていけないではないかと心配になるが、そんなことはないようだ。実際、ヴィーガンやベジタリアンの人たちは肉も魚も食べずにちゃんと生きている。しかし、全く食べないのは自分にはハードルが高すぎるし、必ずしも肉や魚を食べること自体が罪とは思わない。問題を引き起こしているのは大量生産、大量輸送、大量消費だ。せめて一人ひとりが、食物ロスに気を配り、少しでいいから肉を食べるのを控え、なるべく地元の食材を食べるようにすれば、地球への負担をだいぶ減らすことができるはずである。

ちなみに、自分のように、たまにだけベジタリアンになる人のことを「フレキシタリアン」というそうだ。フレキシタリアン、なってみませんか?