コラム

2012.05.01(火) コラム

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 14:サッカーの拡がりの大きさに驚く

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発(松村卓朗)】
第14回サッカーの拡がりの大きさに驚く~野武士ジャパンから考えた循環

サッカーの拡がりの大きさは他のスポーツを圧倒すると思っていたが、しかし、ここまで大きいとは思っていなかった。

先日、ある方にお誘いをいただき、交流を兼ねた練習試合を行ってきた。相手は“野武士ジャパン”。なんと、ホームレスで構成された日本代表チームだ。昨年はパリで開かれた“ホームレス”ワールドカップに出場したという。今年も出場を目指していて、来月には日韓戦が組まれていてソウルにまで練習試合に行くというから、れっきとした日本を代表するチームだ。普通の対戦相手と変わらず、ボールを奪い合い、ゴールを競い合い、熱くなって戦い、汗を流した。

“ホームレス”ワールドカップというものの存在は私も初めて知ったが、2003年のオーストラリア大会を皮切りに毎年開催され、昨年2011年のパリ大会では過去最大の53ヶ国・地域からの参加があったという。そこでは、失業や紛争などで住居を失った人たちが集結し、サッカーの技を競い交流を図ったというから、決して本家本元のワールドカップにひけをとらない大イベントのようだ。

大会の開催目的は、サッカーを通して「生きる希望を見つけ、人生を変える」ということらしい。日本代表キャプテンのMさんに聞けば、日本代表になることよりも、パスポート取得のための戸籍の回復が大変だったという。失踪届から10年以上が経過し、戸籍上は既に死んだ人間になっていて除籍されていたというから、パリへの道は「自分の存在を取り戻す」行程だったという。

ホームレス人口は、世界の単位で考えると、約10億人。実に7人に1人がホームレスだ。

とても大きな社会問題ではあるが、貧困やホームレスを生む構造は単純なものではなく、原因の究明や特定も難しいし、解決策の立案もとても一筋縄ではいくまい。このような社会問題への対処は、「原因を明らかにして、それをつぶす解決策を施す」といった従来型の“線形”の問題解決の思考ではなかなか有効な手が打ち出せないことが多い。むしろ、問題解決を図ろうとしない方がよいとさえ言われる。問題を“循環”と捉えて、「悪循環から良循環に導く」ための打ち手を考える『システム思考』によるアプローチが有効な場合が少なくない。

『システム思考』は、組織開発に携わる我々にとっては馴染みのあるアプローチだが、ご存知ない人も多いと思う。ここで、基本的な考え方を紹介しておこう。

以前、ある企業の管理職を対象としたワークショップで、『システム思考』を活用して社会問題への対処策を検討したことがある。その際の課題図書から引用する。グラミン銀行を興し、後にノーベル平和賞を受賞したユヌス氏が、バングラディシュの貧困層を救うためにとったアプローチと考え方が紹介されており、『システム思考』の本質が分かると思う。

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「竹の椅子を編んで生計を立てているジョブラ村の住民たちは、ほぼ全員が子供のいる女性で、悲惨な状況に陥っていた。椅子を編むには、竹を買わなければならない。竹を買うには、借金しなければならないが、借金は椅子が売れ次第、ただちに返済しなければならない。高利貸しの利子は法外で、借金を清算すると子供たちに食べさせるのもやっとのお金しか残らない。だから翌日には竹を買うためにまた借金しなければならない。こうして悪循環は続く。

椅子の材料の竹を買うのに必要な投資はたった22セントだ。そしてスフィヤ・ビーガムの収入は1日2セントだった。それを知ってショックだった。大学の講義では、何百万ドル単位の理屈を教えているというのに、ここに、私の目の前にある生死の問題が、セント単位の話だとは、何かが間違っている。私は腹が立った。自分に腹が立ち、自分の率いる経済学部にも、この問題に対処しようとも解決しようともしてこなかった大勢のインテリ教授たちにも腹が立った。1セントの貯金もできず、経済基盤を広げるための投資もできないほど、スフィヤの収入は低かった。既存の経済システムのもとでは、それが永久に続くように思われた。スフィヤの子供たちには、彼女がかつてそうであり、彼女の親もまたそうだったように、食べるものにも困る、その日暮らしの生活が運命づけられている。たった22セントがないために困窮している人がいるとは、それまで聞いたこともなかった。スフィヤにお金を渡したい衝動をこらえた。彼女は施しを求めているのではない。1人の人間に22セントを差し出したからといって、根本的な問題解決にならないのだ。」

椅子の材料の竹を買うのに必要な22セントを工面するスフィア・ビーガムの日々の苦労を知ったことがきっかけとなって、ユヌスは壁に立ち向かった。行動せずにいられなくなった。問題に介入するにあたって、貧困層を餓死すれすれの生活から抜け出せなくしている悪循環の性質を理解することに注力した。

スフィア・ビーガムのような女性がお金を借りられる方法があったらどうだろう?この問いが、ユヌスが「クレジット(信用貸し)は人権だ」という結論に至った道のりの出発点だった。貸付金は高額である必要はなかった。1日22セントで十分だとはっきりしていた。だが正規の銀行がそんな取引に興味を示すはずがない。融資額も収益率もあまりに小さいし、スフィア・ビーガムのような人々には担保も信用履歴もなく、借金の連帯保証人もいなかった。それに、実際問題1人22セントの貸付金を管理するのは大変なことだと予想された。

しかし、ユヌスは高利貸しに搾取するかわりに施しに頼っても、悪循環は断ち切れないと考えていた。となると、地域社会を再編して、この銀行を支える制度を作ればいい。融資を受けたい人は少人数のグループを結成し、グループローンの形で融資を受け、メンバー全員でローン返済に励む。個々のローンの管理もグループ自体が担う、そういう制度を考えた。

借金返済の悪循環は、女性を価値のない無能なものと決めつけ、他人にへつらう自信のない存在にさせている、貧困の文化によって増幅されていた。社会的序列がこの貧困文化を膠着させていた。ユヌスが、そして小グループを結成して融資を受けようとするすべての人々が挑んだのは、この「システム(社会の構造)」を変えることだった。そしてユヌスはグラミン銀行を興すが、ビジネスモデルの設計の鍵は、「自立心と社会参加意識、返済意思を開発すること」と考えた。

「クレイジーパワー~社会起業家 新たな市場を切り拓く人々」(ジョン・エルキントン、パメラ・ハーティガン)

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ホームレスの問題で言えば、職を失う→収入を失う→住処を失う→住処がないから職につけない、という悪循環が回っている。さらに、人とのつながりを失って、希望を失ってしまうと、なかなか社会に戻れない状態に陥ってしまうようだ。比較的小さい力で好循環を導くことが可能なポイントを、レバレッジポイント(てこの作用点)というが、ホームレスの問題のレバレッジポイントはまさにここにあると、ホームレスワールドカップの起案者は考えたようだ。つまり、悪循環の泥沼に陥って戻れなくなってしまうポイントは、職や収入や住処を失ったときではなく、人とのつながりが絶たれ、何の希望も持てなくなってしまったときと見抜いた。ホームレスが“ホープレス”になったとき、真にホームレスになってしまう。悪循環を良循環に変えていくために、このレバレッジポイントに作用させる策がワールドカップだ。職や収入や住処の回復のためには、莫大なお金も必要だし、政府の単位の大きな力が必要になる。しかし、サッカーは、社会とのつながりを回復し、そして、希望をもたらすことができる存在になり、ホームレスを“ホープレス”のループから救い、良循環を回す原動力になりうると信じた。

我々をとりまく様々な問題の中には、長い間解決できなかったり、あるいは色々と解決策を施すものの有効な手立てになっていない問題は少なくない。必ずしも解決策を導かなくとも、何かを行うことによって、悪循環の連鎖に歯止めをかけたり、良循環を回し始めるきっかけにしたりすることはできる。レバレッジポイントを見つけて、レバレッジポイントに働きかけることの有効性を、今回の経験を通じて、あらためてサッカーから教えてもらったように思う。

ところで、昨年のホームレスワールドカップの結果は、残念ながら、日本は最下位だったということだ。やはり、メキシコやアルゼンチンなどは強かったと言う。対戦相手皆がマラドーナのようだったと言っていた。

サッカーに限らず、その国のスポーツを強くしていくには、競技人口を増やすこと、即ち、ピラミッドの頂点を支える底辺の拡大が欠かせない。ならば、わが日本を代表する野武士ジャパンは、このまま世界の中で弱いままでいてほしいと切に願う。

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