コラム

2013.09.01(日) コラム

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 27:Jリーグのアジア戦略を考える

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発(松村卓朗)】
第27回 Jリーグのアジア戦略を考える~ベトナムの英雄が日本にやってきた~

この夏、レ・コン・ビンがJリーグ入りした。

サッカー通でない人は知らない人が多いと思うが、レ・コン・ビンというベトナム人フォワード(27歳)が、Jリーグ(J2)のコンサドーレ札幌に加入した。レ・コン・ビンは、ベトナム人なら誰もが知るスターで、“ベトナムの至宝”と呼ばれている。東南アジア人初のJリーガーとなった。

既にベトナムでは大変な話題で、ベトナムからのコンサドーレ札幌公式サイトへのアクセス数が、アメリカを抜いて2位(当然1位は日本)に浮上したという。母国ベトナムのテレビ局から、 リーグ戦放送権購入の問い合わせも殺到していると聞く。

レ・コン・ビンのJリーグ入りのニュースを聞いて、私の中に、日本サッカーのとても懐かしい風景が蘇り、また、未来の風景もおぼろげに見えてきた。

懐かしいと表現したが、まさに、かつて我々が経験した風景だ。15年ほど前、日本人サッカー選手が海外のクラブへ行き出した。先鞭をつけたのは、カズ(三浦知良選手)のイタリア(セリエA)ジェノア移籍だった。

当時、ジェノアのスポンサーは日本企業で、ユニフォームには大きくその企業の名前が書いてあった。従って、カズの移籍は戦力補強的理由ではなく商業的理由だと冷やかな目で見られた。(コンサドーレ札幌のユニホームスポンサーのサッポロビールは2011年にベトナム・ロンアンに同国初の工場を構えたという。現在、海外向けブランド「サッポロプレミアム」販売に力を入れていると聞く。札幌の公式戦が同国内で放送されれば「サッポロ=レ・コン・ビン」のイメージ作りにもつながるのだから、今回も獲得理由の中で商業的理由は大きいだろう。)

商業的理由が大きかったとしても、当時、日本サッカー界のスーパースターであるカズが、世界最高峰のリーグであるイタリアのセリエAで挑戦する姿を、多くの日本のサッカーファンが関心を持って見守ったものだ。私もその1人だった。

カズの次に中田(英寿)選手のペルージャ移籍が続き、多くの選手が続く道ができた。海外移籍のおかげで確実に選手がレベルアップしていった。ファンの目も、活躍する選手たちを追っていって、グローバルに見開かれた。

一方、おぼろげに見えた未来の風景というのは、東南アジア人選手がたくさんJリーグで活躍しているというものだ。

レ・コン・ビンが成功したら、商業目的だけではなく、純粋に良い選手を探そうとスカウトの目が東南アジアに向かう。そうなればJリーグも東南アジアも活性化する。

東南アジアの選手には新たな目標が生まれるはずだ。母国のリーグでの活躍が認められればJリーグでプレーするチャンスが得られる。通用すれば、欧州でプレーすることも夢ではなくなる。そこまでいかなくてもJリーグ帰りの選手が母国のサッカーレベルを上げる役割を担う。東南アジアのレベルが上がれば、W杯アジア予選の強敵が増えることになるが、それは日本のさらなるレベルアップを促すことにもつながる。まさに目指すべき好循環だ。

実は、Jリーグは足元では観客数は伸び悩み、加盟クラブの半数が赤字という課題に直面している。黒字化への戦略の一つが東南アジアへの展開だ。来春、Jリーグは、J1、J2に次ぐ3部リーグの「J3」を来春立ち上げることになっている。J1、J2には3人の外国人枠の他に、1人のアジア枠があり、クラブはその枠で韓国人選手などを獲得しているが、来年からスタートするJ3では東南アジア枠が設けられる予定だ。東南アジアの選手をJ3でプレーさせることで、現地での試合放映や、アジア進出する企業をスポンサーとして取り込むなどし、収益アップにつなげたいという考えだろう。東南アジアから日本に来る観光客が増えているが、Jリーグを観戦に来る人も増やしたいと考えているはずだ。

東南アジアでのサッカー人気は根強い。熱狂の度合いではむしろ日本より上だともいわれる。市場としての魅力は十分にある。既にJ1は、昨年3月の開幕戦から東南アジアのタイ、インドネシア、ベトナム、マレーシアの4カ国で毎週放送されている。放送権は無料で、代わりにJリーグは現地放送局側からCM枠やスポンサー枠を獲得し収入を得る形態になっている。

しかし、ベトナムなどを旅行してみると分かるが、東南アジアの多くの国では、既にヨーロッパ、特に英国プレミアリーグがむしろ文化として根付いている。Jリーグがプレーのレベルで逆転し、これからヨーロッパのリーグ以上の人気を獲得するのはかなりハードルが高い。

そこで、Jリーグはどのような「立ち位置」で市場開拓するのかが、問われると思う。私は、アジアでNo.1のリーグであるというレベルの高さをベースにしつつも、とても身近にあってフレンドリーなテーストを色濃く出したリーグにすべきだと思っている。

AKB48が「会いに行ける」「一緒に育てる」身近なアイドルとして人気を博していったが、まさに、会いに行ける、一緒に育てることのできる憧れのリーグという場にできるかどうかがカギと思う。

我々がヨーロッパのリーグに抱くような、「厳しい挑戦の場」一辺倒のリーグになってしまっては、ヨーロッパに勝てないと思うのだ。挑戦を通じた成長を見守り、ときに会いにも行き、ファンもともに育っていくといった感じがしっくりくると思うのだ。

そういう意味では、まずはJ3に多くの東南アジア選手を呼び込む、というのはとても理にかなった戦略に見える。現地にサッカースクールを作って、現地選手を育てて日本に連れてくるといったことも、フィットするように思える。

国内を相手にするだけではやっていけないので、東南アジアに市場を広げる。これはまさに、経済発展の著しい東南アジアの市場開拓を本格的に始めた日本企業の姿そのものだ。Jリーグのアジア戦略は、東南アジアに出て行こうとする我々にも参考になるヒントがたくさん詰まっているはずだ。

始まったばかりのJリーグのアジア戦略の今後の動向を、レ・コン・ビン選手の活躍とともに見守っていきたいと思う。

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 26:日本サッカー “アマからプロへ”の大変革(6)