Web版 組織開発ハンドブック

ソーシャル組織開発

今、問われるパーパス経営

最近、企業のパーパス(Purpose)が問われるようになっているが、皆さんの会社では自社のパーパスについてどれほど議論されているだろうか?

パーパスとは何か

我が社(ピープルフォーカス・コンサルティング、以下PFC)のCSR・CSV推進リーダーが「どうやら、パーパスという概念がトレンドになってきているようだ」と私に教えてくれたのが2016年のこと。そのとき私は不覚にも「経営理念とかミッション・ビジョン・バリューズとか、これまでにも言われていたことの焼き直しでは?」と聞き流してしまった。

その後、かのフィンク・レター(世界最大の資産運用会社ブラックロック社CEOのラリー・フィンク氏が投資先企業に毎年宛てる手紙)が、2018年に手紙のタイトルを「A Sense of Purpose」とし、翌年の2019年には「Purpose&Profit」とした頃から、パーパスという言葉があちらこちらで踊るようになった。その当時、「Purposeという英単語をどう日本語にするかは社内でもかなり議論した」とブラックロック・ジャパンの井澤吉幸会長はおっしゃっていたことを思い出すが、同社は「企業理念」と訳されている。言葉だけを抜き出して訳せば「目的」であるが、文脈からすれば、「企業理念」のほうが妥当な訳であろう。ただ、最近では、「パーパス」と片仮名で書かれることのほうが多くなってきたようだ。

なお、企業理念にせよ、パーパスにせよ、その意味するところは、「その企業が社会に存在する意義」ということだ。しかし、なぜ今パーパスなのか。

なぜ今パーパスか

「御社のパーパスは?」と経営陣に投げかけると、「企業理念(または創業理念)に書いてあるとおりです」という答えが返ってくる。そしてそこには「当社の製品・サービスで社会に貢献する」といった類いのことが書かれていることが多い。普遍性が高い内容なので、もちろんこれを改めて書き直す必要はないだろう。しかし、そこで思考を停止するのではなく、今日や将来の社会において、どうすれば貢献できるのかということを真摯かつ真剣に考えるのが、パーパスを問うことの意義である。
近年、社会のあり方や企業の社会的責任が大きく変容している中、これまでのように「より多くの機能で、より安く、より大量の製品・サービスを供給し続ける」ことが、必ずしも社会に貢献しているとはいえなくなってきた。だからこそ、今一度、パーパスを考え直す必要があるのだ。それをしない企業は、社会に存在する意義が薄れていき、やがてステークホルダーから見切りをつけられる。それ故、ブラックロックをはじめとして投資家はパーパスを再考するように迫るのだ。

味の素のDXはパーパスドリブン

自分は、コンサルタントとして、あるいは社外取締役として、企業の長期的方向性について議論する場に身をおくことが多いが、パーパスが明確になっている企業は、軸がしっかりしているので、議論も様々な施策もベクトルが合いやすい。
その良い例が味の素であろう。味の素で、私は社外取締役でもなく、コンサルティングしているわけでもないが、2021年3月3日にPFCが共催したセミナーで、味の素の代表取締役副社長執行役員の福士博司氏にキーノートスピーカーとして講話いただいた内容が印象に残っている。
福士さんは、2020年度「Japan CDO of The Year」(※CDO=Chief Digital Officer)を表彰されており、上述のセミナーはDX(デジタルトランスフォメーション)がテーマだったのだが、福士さんは味の素のパーパスに繰り返し触れていた。たとえば、パネリストだったPFC代表取締役の松村卓朗が「DXを推進しようとすると、事業の現業部門の抵抗に遭う」と言い、モデレーターであり、各社でDXプロジェクトのコンサルティングを行っているOXYGYアジア部門責任者の太田信之氏が、「事業部からの抵抗にどう対処すればよいものか」と福士さんに投げかけると、「内部に向いている葛藤のエネルギーをパーパスである社会課題解決という外部へのエネルギーに向けさせることだ」とお答えになった。

ちなみに、味の素のパーパスは、「食と健康の課題解決企業」である。過去10年間で目指していた姿は「世界トップ10クラスのグローバル食品企業」だったそうだが、それはパーパスというよりビジョンであろう。今般、長期戦略を策定するにあたっては、10年後の社会を見据え、味の素はその中でどういう存在になるべきなのかをしっかりと議論・検討した結果、このパーパスに行きつき、パーパスドリブン企業になることを決意したという。

これは、企業のあり方として示唆に富んでいると考える。「業界内で同業他社との競い合う」存在から、「社会を変革していく」存在に変わるということだからだ。そして、福士さんは「DXとは社会のデジタル変容を意味するものと捉え、味の素グループは食と健康を課題解決企業として、社会変革をリードする存在でありたい」と述べられていた。CDO of The Yearに選ばれた人なのだから、どれほどデジタル技術に詳しい方なのだろうと思いきや、(失礼ながら)そういうバックグラウンドとは程遠く、技術ではなくパーパスでDXをリードしていた方であったことは感慨深い。

取締役会の役割

もう一つ、個人的に興味を惹かれたのは、福士さんが取締役会の役割にも何度か言及されていた点である。取締役会は、パーパスにコミットするべきで、さらに「パーパスのためにDXに取り組む」と決めたなら、組織をその方向に導く責務があると強調されていた。一見、当たり前のことのようだが、現実問題としてなかなかそうはいかない。
欧米の企業であれば、取締役会やガバナンス委員会で、パーパス・ステートメントを作成し、全員で署名するといったことがなされるようだが、日本企業の場合は、経営企画部門のスタッフが作成したり、あるいは将来を担う次世代経営幹部候補を集めて作成させたりして、取締役会は軽い議論だけをして承認するといった流れが多い。もちろん、欧米のやり方がベストと言うつもりはない。いわゆるミドルアップダウン方式は日本企業の強みでもある。しかし、問題は、パーパスは最上位概念であって、それを軸に各種戦略を立案していかなければならないはずだが、ミドルが作成したパーパスではそのような重みを持てないということだ。多くの企業がせっかくDX推進室を立ち上げても、ITベンダーに丸投げだったり、外部からヘッドハントした人に任せきりだったりすることがその証ではないだろうか。