Web版 組織開発ハンドブック

ソーシャル組織開発

「世界最有力投資家が企業に宛てた書簡の衝撃と日本企業トップへの警鐘」 黒田由貴子

世界最大級の資産運用会社である米ブラックロックが、2018年1月12日付で投資先の企業に送った書簡が大きな反響を呼んでいる。

ブラックロックといえば、日本のGDPを超える規模である6兆ドル超の運用資産を有し、世界中の株式や債券に投資しており、その影響力は計り知れない。日本株も20兆円以上を保有していると言われ、数多くの大手日本企業の大株主となっている。

そのブラックロックの会長兼CEOであるラリー・フィンク氏からの3ページに及ぶ書簡の中で、太字で強調されているのが次の文章である。

「持続的に繁栄するためにも、すべての企業は、財務的業績を上げるだけではなく、どのように社会にプラスの貢献をするのかを示さなければいけない。」 (”To prosper over time, every company must not only deliver financial performance, but also show hot it makes a positive contribution to society.”)

このことについて、ニューヨーク・タイムズ紙は、「ウォール街は重大な分岐点に直面し、資本主義の本質が問われることになるかもしれない」(” It may be a watershed moment on Wall Street, one that raises all sorts of questions about the very nature of capitalism.”)とコメントしている。また、フォーブス誌は、「1995年にビル・ゲイツ氏が記した『インターネット到来による大変動』や2007年にスティーブ・ジョブス氏が紹介したiPhoneと同じくらいの衝撃になりうる」とコメントしている。

業績向上と社会貢献の両立とか、「社会課題解決はビジネスチャンスだ」といったことは、私自身は1992年に『勇気の経営』という書籍を出版したときから述べてきたことであるが、ブラックロックの書簡を読んで、iPhoneを初めて手にしたときと同じくらい、いやそれ以上の感動を私も覚えた。

もちろん、私以外にも、「経済価値と社会価値を両立させるべき」と唱える人は、マイケル・ポーター氏のCSV(Creating Shared Value)理論を始めとして、多数いる。しかし、世界最大級の投資家が述べたということは、私が言うのとは訳が違うのは当たり前として、ポーター氏ほどの学者が言うのとも重みが違う。なんといっても、経営者は、社会貢献に取り組まないことの言い訳として「投資家からのプレッシャー」が使えなくなったことが大きい。投資家であるブラックロックは、もっと社会に貢献するよう企業にプレッシャーをかけることを書簡で明言したわけであって、つまり、社会貢献することは投資家の要請に応えることにもなるのだ。

業績向上と社会貢献をトレードオフで考えるのではなく、両輪、すなわち両方がまわっていて初めて企業は前に進んでいけると本気で考えなければいけない時代が到来したことを実感するので、感動を覚えるのである。

さらに、ブラックロックの書簡の中では、投資先の企業における取締役会が、自社の社会における存在意義やコミュニティにもたらす影響について積極的に議論することを促している。これは、ブラックロックが投資している企業で社外取締役を務める自分にも宛てられた言葉として、私も改めて責任をかみしめた。

元々、日本でコーポレートガバナンス改革に火がついたのは、日本の株価が一向に上がらないことに政府や東京証券取引所が抱いた危機感からだった。そして、社外取締役には株主利益を守ることが期待された。以前の日本企業は株主軽視気味であったから、そうした是正が必要だったことには納得しているが、一方で、株主への財務リターンを大きくすることだけが社外取締役の役割であるかのような論調に、私は違和感を抱いていた。そこで、私自身は、取締役会にて社会的責任に関する発言を時折してきたのだが、「強く主張した」とまではいかないところが自分に対して歯がゆい。それでも、ある企業のアニュアルレポートの各社外役員の参加状況に関する記載で、「社会的責任の観点から発言している」と自分のことが紹介されていた。

ところで、こういった話になると、「そもそも日本企業は社会に対する貢献というのを重視してきたのであり、軌道修正すべきは株主偏重の欧米企業だ」と胸を張る日本人の経営者が少なからずいる。その一方で、グローバル・ネットワーク・ジャパン等の会合では、日本企業のCSR担当者の殆どが「悩みはトップのコミットメントが得られないこと」と言うのを耳にしてきた。ちなみに、外資系担当者は、「トップから『やれ』と明示されているので、やっている」と言う。昨年のサステナビリティ・ブランド国際会議で登壇した海外の有識者も「今回、来日して、日本企業の人から受ける質問は『どうやってトップのコミットを得たらよいのか』ばかりで、驚いた。欧米では聞かれない質問だ」と言っていた。

もっとも、この種の傾向は、社会貢献に限らず見られる。横並び意識の高い日本企業は、何事も「他社がやっている程度にやる」傾向がある。そして、欧米企業でも社会貢献に興味ない企業も多数ある。ただし、やるときはトップが自らの意思で独自に取り組もうとするという違いだと思う。そうしたトップが率いる企業の社会貢献への取組みは、日本企業のそれより、はるかに先を言行っている。

また、味の素、キリン、住友化学など、CSRに先進的な日本企業は、そうなったきっかけはトップが海外で刺激を受けたことという。「社会貢献について欧米企業は日本に学べ」などと言っている場合ではない。

日本企業は、デジタルテクノロジーの大転換に乗り遅れた。「社会貢献は日本企業のほうが進んでいる」という昭和の感覚のままでいる経営者が多いようでは、この分野においても世界から取り残されてしまうことを危惧する。ブラックロックという黒船が、日本企業の目を開かせてくれることに期待しよう。