Web版 組織開発ハンドブック

組織開発

「人材に投資しない日本 ~OJT偏重の罠に陥るな」 黒田由貴子

勤勉で、実直で、他人に迷惑をかけまいとする日本の国民性は世界に誇るべき素晴らしいものだと思う。しかし、国際比較においてビジネスにおける人材力は、相対的な劣化が著しい。過去20年間の名目平均年収は、米国が約8割増、ドイツ、フランスが約5割増であるのに対し、日本は5%減少している。(OECD調べ)

他国より圧倒的に低い教育研修費用

日本人の賃金が伸びないのは、デフレが続いたという背景もあるだろう。しかし、賃金がその人が付加する価値を示す指標の一つとすれば、人材の力が弱まっていることの現れでもあるといえる。いかんせん、日本企業は従業員の能力開発に十分に投資をしてこなかった。

GDPに占める企業の能力開発費の割合は、日本は他国より単に低いというより、「劇的に」低い。データは2014年までとやや古いが、様々な情報や肌感覚からして、近年においても諸外国との差は広がることはあれど、縮まってはいないだろう。さらに、その割合が年々下がっていっていることも気にかかる。新卒一括採用し、丁寧に育て上げ、終身雇用するという雇用慣行は、その昔は日本企業の強さの根幹と言われたものだが、「育て上げる」部分は今や見る影もないようだ。

企業が従業員に教育しないとなれば、従業員自身の自助努力はどうか。これまた、ある別の調査結果によると、アジア諸国と比較して従業員があまり自己投資していないことが示されている。

手厚く教育研修している企業はどこか

では、日本企業が従業員一人の教育研修に投じる金額はどのくらいなのか。厚生労働省の調べによると、従業員一人あたり、わずか1万9千円とのことである(2019年度)。この金額の低さが、先述の国際比較結果に表れているわけだが、もちろん全ての企業が教育研修に力を入れていないということではない。2015年の調査になるが、日経WOMANキャリアの調べによると、一人あたりの研修費が多い企業トップ10は以下のとおりであり、トップ9に外資系企業を差し置き日本企業がランクインしているのは嬉しい驚きだ。やるところはやっているということだ。

日本人は研修が嫌い?

27年間に渡り、国内外で研修を提供してきた弊社の経験からすると、どうも日本人は研修を受講することはあまり好きではないようだ。他国の人々は、自分がレベルアップする機会だと喜んで受講するのに対し、日本人は「業務で忙しいのに、やれやれ研修かい」というような雰囲気を漂わせていることが少なからずある。

ある企業では、研修を提供するにあたって、「研修と言わないでください」と担当者から言われた。なぜかと問えば、「『研修』と言った途端、皆のモチベーションが下がるから」と言うのだ。この企業は世界的にも有名な大手企業であり、使っている研修業者も名の知れた会社ばかりなのに、である。

研修を好まない人たちの言い分や、先述の教育研修費の低さへの反論として、「OJT(on-the-job training)をやっているし、OJTのほうが有効だ」ということを聞くことがある。しかし、環境変化が激しい今日において、OJTに頼るのは大きなリスクがある。上司が部下に、先輩が後輩に業務をしながら指導をしていくやり方では、従来の業務遂行方法が引き継がれるだけで、やり方に変化が生じないからだ。社会でも、企業でも、リ・スキリングの重要性の高まりは今までとは格段に異なる時代に私たちはいる。

教育研修は費用か投資か

もう一つの課題は、教育研修に投じる資金は、費用と捉えるか、投資と捉えるかということだ。もちろん、財務会計上は費用として計上されるのだが、実質的には将来の企業価値向上につながる投資と考えるべきものである。だからこそ、機関投資家は、投資先のESGに注目し、「S」の重要要素である人的投資に関する情報開示を求めている。

そして、投資と考えるのであれば、それに対するリターンの期待値を鑑みて、投資判断をするし、投資後に効果の検証をすることが求められる。この点においても、弊社の経験からすると、内外の企業に違いを感じる。

欧米の企業は、教育研修のROI(return on investment)を算出することが少なくないのに対し、日本企業でそれをしているところは滅多に見ない。ROIを算出し、教育研修に対する効果を見える化・定量化すれば、日本企業ももっと投資しようという気になるのではないだろうか。

以前、人的資本経営の時代が到来し、CHRO(チーフ・ヒューマンリソース・オフィサー)の役割が重要になっていると主張した。各社のCHROには、奮起していただき、従業員の教育研修により一層力を入れ、日本人の賃金も上昇カーブを描くように導いていただきたい。