コラム

2022.06.15(水) コラム

女性リーダー育成研修の落とし穴と成功の秘訣

女性リーダー育成は経営の優先課題

 女性活躍推進が叫ばれるようになってから数十年たちますが、近年は、投資家も投資先企業にそれを求めるようになりました。下図が示すように、投資家は女性管理職比率などの情報を、企業の長期的企業価値向上の指標の1つと捉えています。そうした背景から、今や、ダイバーシティ推進や女性リーダー育成は優先的な経営課題と見なされるようになりました。

 さらに、政府は2022年夏までに女性登用状況を含めた人的資本情報の開示に関する指針を示すと表明しているので、企業の取組みは一層加速していくことが予想されます。

それでも増えない女性管理職

 ほとんどの企業は、女性活躍推進の必要性や経営課題としての重要性を認識し、各種施策をうっているものの、思うように結果が出ていないのが実情です。日本政府は、指導的地位における女性の比率を2020年までに3割にする目標を掲げていましたが、企業における女性管理職比率は2019年の実績で10%台と、目標には程遠い結果に終わりました。人の育成には時間がかかるとはいえ、諸外国との差は開く一方です。

「下駄をはかせるのはよくない」

 女性管理職登用の数値目標を掲げることに対して異を唱える企業幹部は少なくありません。そうした人たちは、「無理して女性を管理職に引き上げる、つまり下駄をはかせることになってはまずい」と主張します。

 もちろん、実力が十分にない人を無理に管理職に引き上げるのは問題です。だからこそ、実力のある女性を増やさなければならないのです。目標達成のために、下駄をはかせるのではなく、育成に力をいれるべきなのです。

 また、そのような主張をする企業幹部の方に、「御社の女性管理職が少ないのは、実力のある女性がいないということなのですね。なぜ、そうなのでしょうか?女性は男性より劣っているからなのでしょうか?」と聞くと、たいていの場合「劣っているのではなく、経験が不足しているからだ」という答えが返ってきます。女性にも経験の幅を拡げる機会を付与すべきなのは明らかです。 いきなり様々な業務を体験させることにリスクを感じるのであれば、研修の場で疑似体験させるべきでしょう。だからこそ、女性を対象にリーダーシップやマネジメント研修を提供することが有効なのです。

「本人がやりたがらない」

 女性に管理職になることを勧めても本人がやりたがらないことを、女性管理職登用が進まない理由にあげる人も少なくありません。しかし、ここで諦めてしまうのではなく、なぜやりたがらないのかという要因を分析し対処しなければ、進展しません。

 やりたがらない理由の1つに、「自信が持てない」ということがあります。女性は自分を過小評価しがちだという調査結果が多数存在します。自信がないので、自ら前に出ない。前に出ないので、様々な経験をする機会を逸する。経験不足で自信が持てない、というループにはまりやすい傾向があるのです。研修のような安全な場で経験をしてみて、正当に自分を評価し、自信を持つきっかけを作ることが必要です。

 もう1つの要因として、女性は、自分の周りにいる管理職を見て「あのようになれない、なりたくもない」という思いを抱いてしまうことがあります。いわゆるロールモデルの不在です。

 こうした思いに対しては、リーダーシップスタイルは様々あり、管理職になったからといって、トップダウンスタイルをとったり強がったりする必要は必ずしもないことを理解してもらうことです。 また、子供がいながら要職についている先輩女性を社内外から見つけ出し、体験談を共有してもらうことは、とても大事なことです。このような策を積み重ねることにより、女性側の意識に変化をもたらすことができた事例は多数あります。

女性だけの研修に女性が抵抗する

 このように、女性の管理職が増えない要因に対処するために、女性対象の研修を実施することはとても有効なのですが、受講者当人たちが、女性だけが集められることに違和感や抵抗感を覚えることが少なくありません。アメリカでは、女性や有色人種などのマイノリティグループ(少数派)の人たちが互助のために集まって活動することはよく見られます。一方、日本では「自分を特別視してほしくない」という気持ちが潜在的にあるのか、集まることに後ろ向きです。(「女子会」は別として。)

 どんな研修でも、受講者が研修に対して後ろ向きの気持ちを持っていては、うまくいきません。研修の開始時に、マイノリティグループである女性にこうした支援(研修)がなぜ必要なのかを丁寧に説明し、納得してもらうことが肝要です。

上司の関与が最も効く

 研修が有効だと説明してきましたが、もちろん、研修だけで人が育ったり変わったりするわけではありません。いかに、研修での学びを実務に活用していくかが肝であり、そのとき最も重要な役割を果たすのは上司です。研修をやりっぱなしにしないために上司が受講後にフォローしていくことが最も効果的であるということが、ATD(The Association for Talent Development )の調査で明らかになっています。これは、女性向けの研修に限った話ではありません。

 しかし、残念なことに、一般的に、部下がどんな研修を受けてきたのかに関心を寄せる上司が少ないようです。増してや、上司が男性で、女性部下が女性向けの研修を受けてきたとなれば、ますます上司は自分には関係のないことと思ってしまいがちです。 弊社では、女性向けの研修を依頼された際には、上司にも関与していただくことをお願いしています。関与の仕方としては、受講前に自部署の戦略や課題について意見交換をして、部下(受講者)の課題意識を高め、受講後に部下(受講者)が何を学びどう実践していくのかについてコーチングをするといったことがあります。また、アクションラーニングを行う際には、メンターとして助言することをお願いすることもあります。

発表会で上司が応援メッセージ

 女性向け研修では、多くの場合、様々なカリキュラムを受けてもらいながら並行して、アクションラーニングに取り組んでもらいます。アクションラーニングでは、自社が実際に直面している何らかの課題を与え、個人またはチームでその課題に取り組み、最後に経営陣にプレゼンテーションを行います。こうした経験が、視野を広げ、自信を持つことにつながるからです。

 このような研修を実施したA社の例をご紹介します。A社は、従来は日本人男性中心に業務が運営されていた、いわゆる昔ながらの体質の企業だったのですが、女性活躍推進を経営課題に掲げ、女性リーダー育成研修を実施しました。最後のプレゼンテーションの場には、社長以下ほとんどの役員が勢ぞろいすることとなり、この取り組みに対する経営の本気度を社内に示しました。

 ユニークだったのは、女性受講者たちが発表する際には、それぞれの上司が、2,3分の応援演説をしたということです。つまり、役員全員を前に、その女性部下が有望な人財であることを公言したようなものですから、研修プログラム終了後も、その女性部下を熱心に育成し続けないわけにいかなくなりました。

 プレゼンテーションのあとに社長は総括として、「皆さんの発表のクオリティは、次世代経営リーダー育成プログラムの発表会で聞くものとそん色ないものだった」とコメントされました。恐らく、役員たちにとっても、女性に対する見方の視野が広がる機会になったのではないでしょうか。


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黒田 由貴子(くろだ ゆきこ)
ピープルフォーカス・コンサルティング
顧問・ファウンダー