コラム

2025.06.27(金) コラム

AI時代における「人間ならではのリーダーシップ」とは ─ ATD25からの学び

毎年米国で開催される世界最大級の人材・組織開発のカンファレンスである ATD-ICE(ATD International Conference & EXPO)。人と組織の未来を形作る最新の知見が集まるこのイベントに、私たちPFCは毎年ラーニングチームを派遣し、日々の研修やコンサルティングの質を磨いています。本年は私、齋藤正幸が、プロフェッショナルアソシエイトの田岡純一と共に参加いたしました。

「AIの活用」と「人間ならでは」

今年のATD25のテーマは「Collective Insights. Lifelong Learning」。
これに加えて、私は以下の2つの特徴を感じました。

  • AIを活用した人材育成・組織開発
  • AIにはできない、「人間だからこそ」のリーダーシップ

特に後者は、VUCA時代の人材戦略を考えるうえで見過ごせないキーワードです。人と組織の成長に不可欠な「人間力」とは何か──。本稿では、AIが加速する今だからこそ必要とされる「人間らしいリーダーシップ」に焦点を当て、ATD25での学びをご紹介します。

1. 心理的安全性は「リーダーの態度」から始まる

心理的安全性が高い組織では、メンバーが安心してアイデアを出し合い、失敗から学ぶ風土が根付きます。しかし、それをつくるのは制度ではなく、「日々のリーダーの言動」です。

SLII®でも知られるブランチャード社のCEO、スコット・ブランチャード氏のセッション「I have your back(私はあなたの味方です)」では、「直属の部下を支えることこそがリーダーシップである」と繰り返し語られました。特に中規模組織では、リーダー育成に十分な投資がなされていないケースも多く、「成果が出ないのは、メンバーではなく、リーダーシップのあり方に課題がある」という指摘は、多くの人事担当者にとっても耳の痛い言葉かもしれません。

心理的安全性は、リーダーが「この人はここにいてもいい」と伝えられるかどうかにかかっています。共感、信頼、尊重──そうした感情的つながりを築く力は、まさに人間ならではの資質です。

2. 「水のように柔軟な」自己理解に基づくリーダーシップ

元シークレットサービスのエージェントによるセッション「Leadership Lessons From a Secret Service Agent: From Competence to Connectionシークレットサービスエージェントから学ぶリーダーシップの教訓:能力からつながりへ)」は異色ながら、非常に示唆に富んだものでした。緊張感の高い現場では、冷静さ、柔軟性、自己認識の深さが求められます。それは、私たちの日常のリーダーシップにも通じる重要な要素です。

彼女は「Be water(水のようであれ)」という言葉で、自分を押し殺さず、状況に応じて形を変える柔軟性の重要性を説きました。「誰を助けるべきかに集中せよ」「無理にポジティブにならなくていい」といった言葉もまた、リーダー自身が“弱さ”を受け入れる勇気と、チームへの誠実な関与を促してくれました。リーダーが「ありのままの自分」を理解し、誠実に振る舞うことが、結果として組織の信頼を生むのです。

3. 対立は「感情的なつながり」への入口になる

「感情的つながり(Emotional Connection)」をベースにした「5 Quick Wins to Better Manage Team Conflict(チーム内の対立をうまく管理するための5つのクイック勝利)」のセッションでは、対立をチームビルディングの起点に変える新しい視点が紹介されました

チームの対立において、私たちはつい「解決」に意識を向けがちです。しかし、ATD25で紹介されたセッションでは、対立を「より深い信頼と共創への入口」として捉えるアプローチが共有されました。

ポイントは5つ。

  1. 感情的な断絶の兆候を認識する
  2. ネガティブな関係のパターン(追求・回避)を明確にする
  3. 感情への共感によって安全性を回復する
  4. A.R.E.(Accessible, Responsive, Engaged)の原則で関係を深める
  5. 「解決」ではなく「つながり」に焦点を当てる

これらは単なるテクニックではなく、「感情に気づき、つながりを育む」ためのリーダーとしての感性・姿勢の問題です。感情に向き合い、チームに安心と希望を届ける。この姿勢は、AIにはまだ再現できない、人間らしいリーダーシップということができるでしょう。

4. フィードバックにおける「感情知性」:DiSC®から学ぶヒント

AIは、データを元に合理的な評価を下すことに長けています。しかし、人間の成長には「感情」が深く関わっていることを、私たちは忘れてはなりません。フィードバックもその一つです。

「The Psychology Behind Giving & Receiving Feedback: Using DiSC® for Better Outcomes(フィードバックを与えることと受け取ることの心理学:より良い結果のためのDiSC®の活用)」のセッションでは、「フィードバックは『あなたのことが好きではない』というメッセージではない」という言葉が紹介されました。これは、受け手の心に響く配慮ある言い回しであり、感情に寄り添う姿勢が求められるという点で、人間らしい行いのひとつということができるでしょう。

DiSC®を活用したフィードバックの手法では、相手の行動特性を理解し、それに合わせて伝え方を変えることで、行動変容が生まれることが示されました。一人ひとりに合った関わりを意図的に行う力──まさに、人間ならではの「心にはたきかける力」だと言えます。

「フィードバックの本質は信頼関係の中にある」という点も心に残りました。どんなに正しいフィードバックも、相手にとって「安全である」と感じられなければ、防衛反応を引き起こすだけ。だからこそ、人の感情に寄り添い、相手の背景に配慮する力が、リーダーに強く求められているのです。

最後に:人材開発における「人間性への投資」こそが未来を拓く

ATD25の基調講演に登壇した、マーケターであり著者・起業家としても著名なセス・ゴーディン氏は、壇上のスクリーンに一文字、「心」という漢字を大きく映し出しました。そしてこう語りました。

「文化や価値観、個人の意思決定に関わることは、仕組みやテクノロジーではなく、“人の心”と“人との関係性”に根ざしている」

生成AIやデータ分析が進化する今、私たちは効率化・最適化の恩恵を受けています。しかし、それだけでは組織は動きません。セス氏が強調していたのは、「AIを活用する私たち人間が、どう在るべきか」を問い続ける姿勢の大切さでした。

「人を育てる」「組織をつくる」営みは、最も“人間的な仕事”です。だからこそ今こそ、効率だけでなく、人間性への投資も求められるのではないのでしょうか。

これからのリーダーに必要なのは、
・感情に働きかける関わり
・一人ひとりと向き合う対話と信頼構築
・心理的安全性を土台にした、挑戦できる環境づくり

こうした「人間らしさ」は、制度や仕組みだけでは育ちません。人と人がどうつながるか、そしてそのつながりをどう育てるかが、リーダーシップの核心になると感じました。

「人の心を見つめ、どう育てていくか」「心に向き合うことこそが、人と組織をしなやかに強くする」という、最も本質的なメッセージを再確認できた今年のATD25でした。



PFCラーニング・チームに参加された皆様は、事前及びATD25開催中の現地での共有会を最大限に活用され、終了後もお互いに感謝の言葉を交換されていました。メンバーの一員である(株)日立アカデミーさまも、レポートをこちらにまとめられています。ぜひご覧ください!また、ラーニングチームによる報告会を8月5日に開催します。お申し込みはこちらで承っております。

そして2026年のATD26は、5月17日(日)から20日(水)にロサンゼルスで開催されます。PFCラーニングチームは来年も参加しますので、興味のある方はお気軽にお問い合わせください。


齋藤 正幸(さいとう まさゆき)
ピープルフォーカス・コンサルティング
シニア・コンサルタント