コラム

2013.06.03(月) コラム

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 24:日本サッカー “アマからプロへ”の大変革(4)

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発(松村卓朗)】
第24回 日本サッカー “アマからプロへ”の大変革~誕生から20年経ったJリーグ~(4)

変革のステップ3.【ビジョンの描写】

変革というのは“旅”に例えられる、と多くの人に語ってきた。“旅”の行き先を描写したのが「ビジョン」だ。リーダーは、組織の多くの人を連れて将来に向けた“旅”に出るわけだが、行き先が魅力的で、是非一緒に行きたいと多くの人が思うビジョンを示せるリーダーは素晴らしい。
私は、コンサルタントとして多くの企業組織の変革のご支援をする中で、たくさんのビジョンを見せてもらったし、多くのリーダーにはビジョンを作ってもらってきたが、Jリーグを創り日本のサッカーを取り巻く環境を激変させた、川淵氏のビジョン以上にビジョンらしいものに未だ出会ったことがない。

川淵氏が掲げたビジョンは、『Jリーグ百年構想』というものだ。“スポーツでもっと幸せな国へ”というスローガンを掲げ、次のような骨子で、サッカーのみならず地域におけるスポーツ振興を取り巻く環境の将来像を描いている。
1)あなたの町に、緑の芝生におおわれた広場やスポーツ施設を作る
2)サッカーに限らず、あなたがやりたい競技を楽しめるスポーツクラブを作る
3)「観る」「する」「参加する」スポーツを通して世代を越えたふれあいの輪を広げる

ビジョンという単語を英和辞書でひくと、まず最初に「視力」と書いてある。そう、ビジョンとは“目に見える/目に浮かぶ”ものなのだ。だからビジョンには“作成”という言葉より、“描写”という言葉がしっくりくる。多くの企業のビジョンは、パワーポイントなどで色々と書いてはあっても、なかなか目には浮かばないものが多い。
『Jリーグ百年構想』の中を読んでみると、例えば、「100年後の日本の小・中学校のグランドは、すべて芝生になっている」と書かれてある。あるいは、「両親と子供と隣近所と三家族くらいで1チームを作り、マンションの窓から皆がリーグ戦を見ている」などということが日常の風景になっていると描かれてある。誰の目にも情景が浮かぶのではないだろうか。

川淵氏の頭の中には明確なイメージがあり、ビジョンを通じて、自分が見ている将来像を周囲の人達に見せてくれたわけだ。川淵氏のビジョンの原型は、ドイツのデュイスブルグのスポーツシューレ(学校)にあるようだ。
今から50年以上前の1960年、東京オリンピックを4年後に控えたサッカー日本代表チームの一員として川淵氏は、当時の西ドイツ・デュイスブルクで行われた強化合宿に参加した。そこで目にしたスポーツシューレの風景は、若き川淵氏の心に強烈な印象を残したようだ。白樺の林に囲まれた広大な敷地に、緑の芝生のグランドが何面もある。そこではたくさんの子供たちがボールを追いかけている。アリーナでは、車椅子に乗った人達が様々なスポーツを楽しんでいる。充実した宿泊施設や研修施設なども備わっている。当時の日本では比べものにならないほど整った環境に、「いつか日本もこんなふうになる時代を迎えたい。」という思いを強くしたのではないだろうか。
川淵氏の個人のアルバムには、当時の写真のとなりに、ドイツのサッカーを取り巻く環境への驚きと憧れが、次のように綴られている。
『ドイツ協会のしゃれたバスで、アウトバーン(高速自動車道路)を約30分走ってスポーツ学校へ。広々とした素晴らしい芝生のグランドに先ず驚かされる。三つの体育館、宿泊所、教室、ボーリング場、食堂、事務所などなど・・・。みんなの口から溜息がもれる。芝生のグランドが8面もあり、それが白樺の林に囲まれて、まるで公園にでも来ている様だ。
トレーニングパンツに着替え、散歩がてらスポーツシューレの中を見て回る。折から200人ばかりの8歳から16歳までの西ベルリンの少年が約1週間の合宿中で、興味深そうに僕等の挙動を見守っていた。
会議室は同時に映写室ともなり、毎晩のようにサッカーのフィルムが映写されていた。』
(出所:「日本サッカーが世界一になる日」NHK知るを楽しむ2006年5月8日放送内容から)

既にこれまでに、東京都だけで小・中学校のグランドの7%が芝生になったと聞く。鹿児島県の整備率は30%を超えているという。芝を校庭に植えるだけでは不十分で、地元の老人会などの芝刈り作業への協力が必要あり、高齢者の健康増進や住民交流にも一役買うという循環もできている自治体も多いとも聞く。
20年前には、その辺でサッカーができるなんて夢のまた夢だったが、今では、高層ビルの中やマンションの一隅にフットサルコートができ、仕事帰りに簡単に汗を流せるようになった。お母さんも一緒にサッカーする時代が来るなんて考えられなかったが、今やサッカー場に行くと多くのママさんチームの試合に出くわすようになった。
川淵氏が描いて示した“ビジョン”は、こういう方向に進んでいったら確かにいいな、という多くの人の共感を生み、世の中を動かしていったのだろう。ビジョンとは、その方向に向かうエネルギー生み出し、変革の原動力になってこそ、はじめて意味をもつものなのだ。

私が川淵氏のビジョンから教わったビジョンの本質とは、「目に見える/目に浮かぶ」ものであり、「多くの人の共感を生み、そこへ向かおうというエネルギーを生み出す」ものであり、そして、最後に「リーダーを強くする」ものだということだ。
川淵氏は、ビジョンについて次のように語っている。
『僕自身、「日本代表を強くしたい」「いつかドイツで見た総合型スポーツクラブを日本にもつくりたい」という夢があったからこそ、その実現に向けて強くなることができた。例えばプロリーグの入会条件を考えるときも、「夢」があったから、「15000人収容の夜間照明を持った競技場を確保する」といった厳しい条件も外さなかった。そして、そこで妥協しなかったことが、Jリーグの発展にもつながった。
人間は、夢を持たないと前に進めません。』
(出所:前出「日本サッカーが世界一になる日」を加筆修正)

もう間もなく日本は5大会連続のW杯出場を決めるはずだ(6月4日)。Jリーグができてからの20年間で、日本サッカーがこれほど大きく成長するとは、いったい誰が予想しただろう。あらためてビジョンの先見性と牽引力のすごさに感服せざるを得ない。W杯など出たこともない、日本リーグの試合など数百人しか観客が集まらない25年ほど前に、川淵氏が語っていたことは、次のようなものだった。
・日本にプロサッカーリーグを作る
・21世紀最初に開かれるW杯を日本で開催し、その大会で日本はベスト16に入る
・日本はW杯の常連国になる
・各地に地域に根付いたクラブがあり、試合には熱狂的な観客が何万人も押しかける
25年前に、タイムマシンでやってきた人がいて「25年後には日本サッカーがこうなっている」と聞いても、どれだけの人が信じることができたか。しかし、これらはすべて今、実現しているのだ。

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 23:日本サッカー “アマからプロへ”の大変革(3)