コラム

2014.03.31(月) コラム

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 32:ザッケローニ監督の勝つためのコミュニケーション

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発(松村卓朗)】
第32回 ザッケローニ監督の勝つためのコミュニケーション

いよいよ目の前に迫ったW杯ブラジル大会。W杯に臨む日本代表の指揮をとるザッケローニ監督とは、どのような監督なのか、ご存知だろうか。
30歳で地方チームの監督に就任した後、ACミラン、インテル、ユヴェントスなどイタリア・セリエAの名門クラブの監督を歴任してきた。そして、W杯南アフリカ大会の直後、2010年に日本代表の監督に就任した。
ザッケローニ監督は、よく「コミュニケーションの人」と言われる。

リーダーにとって、コミュニケーションを図ることは、今さら言うまでもないほど誰もが重要視している。しかし、あらためて問う。あなたがコミュニケーションを図るのは何のためか。そして、効果的なコミュニケーションを図るために、何を武器にしているか。
ザッケローニ監督がコミュニケーションを図るのは、“思考の壁”をなくすためであり、そして、効果的なコミュニケーションを図るために武器にするのは、“観察”ということのようだ。

ザッケローニ監督が「コミュニケーションの人」と称されるのは、外から見ていてもよくわかる気がする。確かに、練習などでは、ピッチで誰かを捕まえて、話し掛けているシーンをよく目にする。選手とは分け隔てなく接しているように見える。気軽に話しかけられる雰囲気もつくり出しているようだ。チームはとても風通しがいいと選手が語るのを耳にする。
世の中の多くのリーダーたちも、部下とのコミュニケーションにはいつも注意を払っているし、効果的なコミュニケーションを通じて、このように風通しのいいチームを作りたいと考えるリーダーは多いだろう。現在、ザッケローニ監督が率いる日本代表チームは、私たちが大いに参考にすべきチームに仕上がっているようだ。
しかし、私たちビジネスパーソンがザッケローニ監督からまず学ぶべきなのは、コミュニケーションの仕方や方法などではなく、彼がコミュニケーションを図る理由だと思う。
ザッケローニ監督は、自身が選手とのコミュニケーションを重視する理由を、〝 思考の壁〟をなくすためと表現している。
「私は、選手との間に一線を引くというより、自分から選手に歩み寄っていく、近づいていくタイプの監督です。戦う相手の分析より、監督と選手の間に“思考の壁”がないことの方がよほど重要だと思うのです。私には確固たるサッカー観もアイデアはありますが、同時に選手が何を考えているのか、そういう私の考えをどう思っているのか、そこを徹底的に知りたがるタイプの監督でもあるのです。自分のアイデアやコンセプトがどこまで選手の頭の中に入ったのかを確認するためなら、積極的に話しかけるなど、選手とコミュニケーションをとることを厭いません。監督が与えたアイデアやコンセプトを選手がきちんと咀嚼して行動してくれない限り、プレーの精度は絶対に高まらないのですから。勝敗を分けるポイントはシステムそのものではなく、選手達がシステムをいかに理解し使いこなせたか、ということです」

私は仕事柄、世の中のビジネスリーダーたちと接する機会が多いが、「こんなに時間をかけて、こんなに素晴らしい戦略や施策を作っているのに、成果が出ない」と言って嘆く声をよく聞く。
会社の戦略や施策自体がどんなに素晴らしくても、そこで働くメンバーたちによる理解が不十分であれば、何の意味もない。だから、リーダーがすべきことは、理解を確認するためにコミュニケーションを図るし、理解を促すためにコミュニケーションを図る、ということだ。〝思考の壁〟というのは初めて聞いたが、とても示唆に富む言葉だと思う。別々の人間であっても、壁さえなければ、同じことを考えられる、という信念に基づいて使っている言葉だ。ザッケローニ監督がコミュニケーションを図るのは、この壁をなくすためなのだ。

そして、ザッケローニ監督が、効果的にコミュニケーションを図れるその肝は、“観察すること”にあるようだ。このことこそ、何より特筆すべきだと思うのだ。
2011年アジア杯決勝。延長に入ってから出場した李忠成選手が、目が覚めるような見事なボレーシュートを決めて日本はオーストラリアに1ー0で勝った。李選手の代表初ゴールとなるこのゴールは、アジア王者を決める決勝ゴールとなった。
李選手はこのとき初めて代表に招集されていたが、大会中はそれまでほとんど出番がなく、不安な日々を過ごしていたという。そんな李選手にザッケローニ監督が送ったのは次の言葉だ。
「いいか、俺はお前のことをJリーグからずっと見ているんだ。お前のプレーを知っているし、特徴もよく知っている。試合に出たら必ず良いパフォーマンスができるから、だから自分を信じてプレーしなさい」
この言葉で不安は一気に吹き飛び、心をわしづかみにされたと李選手は語っている。
実際に、ザッケローニ監督は、来日直後から毎週、首都圏はもちろんのこと地方にも足を延ばしてJリーグの試合を数多く観戦し続けてきている。ここまで積極的に視察を続ける代表監督は、今までいなかったようだ。自身で直接見ることのできない試合も、コーチたちを分散して派遣している。ヨーロッパで活躍する選手たちの試合も、ビデオで取り寄せている。
李選手の心をわしづかみにするようなコミュニケーションを可能にするのは、これだけ見ているからできるものと言えるかもしれない。
ザッケローニ監督は、練習中も選手一人ひとりをしっかりと見て観察しているようだ。ある選手は、試合に出ていないグループで練習するときも、ずっと視線を感じるので一切気を抜けない、監督の目はずっと光っているのだと語っている。

「見られている」という意識があるだけで選手の気持ちは大きく違ってくる。
選手からすれば、たとえ控えの立場に置かれていても、見られているという感覚を持つことができれば、モチベーションが下がることはないはずだ。また、実際に見てくれているという信頼感があるからこそ、ザッケローニの言葉は選手たちの心にきちんと響くのだと思う。
「見られている」という意識は、人の成長を促すのだ。
あるグローバル企業では、幹部の最も重要な仕事は、部長以上のサクセション(後継者候補)プランだと聞いた。何か月かに1回、幹部が会議室に缶詰になって、世界中の主要ポジションの後継者についての情報交換するのだという。壁に、1つのポジションごとに複数の候補者の写真と、一人ひとりの基本情報が並べて貼ってある。「この候補者の最近のパフォーマンスはどうだ?」と聞かれて、その候補者を配下に持つ担当の役員が答えられなかったりすると、社長は雷を落とすという。だから、担当の役員は、例えば普段の会議からでも、候補者になっている人の言動には相当注意を払うようになったと聞く。普段から役員の目が自分に注がれるようになるので、候補者はさらに頑張るようになる。この会社では、幹部から「見られている」という緊張感によって、候補者たちの成長も一段と加速化したという。

参考文献:「Number」2012年1月26日号

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