コラム

2015.08.02(日) コラム

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 46:フィリピンサッカーから考える多民族国家

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発(松村卓朗)】
第46回 フィリピンサッカーから考える多民族国家~海外移民の帰化や、移民の受け容れでサッカーは強くなるか~

先日フィリピンを訪れた。
世界のどこに行っても、とりあえずその国のサッカー事情を把握するというのが習慣になっている。サッカーの話をすることで、現地の人達との距離を縮めることができる。そして、現地の情報を効果的に収集することができるのだ。これまでも、サッカーを共通の話題にすることで、友達をたくさん作ってきた。
しかし、今回フィリピンでは、サッカーの話は全く盛り上がらなかった。彼の地フィリピンでは、圧倒的に人気があるスポーツはバスケットボールだった。これは、長年駐留していたアメリカの影響だろうと思った。ところが、人気があるのはNBAというより、フィリピンの国内リーグだというのだ。

そして、バスケットのフィリピン代表はとても強いのだという。確かにオリンピックにも何度も出場しているし、最近もアジア大会だったかで日本がフィリピンに負けたというニュースを耳にしたことは覚えている。フィリピンはアジアで最初にバスケットでプロリーグを作ったと聞くし、バスケットボールコートは街の至るところで目にしたので、人気と実力を支える底辺の環境も相当広いのだろう。
しかし、バスケットは身長がものを言うスポーツのはずだ。フィリピンでは、高身長の人になかなかお目にかかれなかったが、身長が低い選手達でも強くなる方法があるのだろうか。
そこで調べてみると、バスケットのフィリピン代表選手は、極端に身長差があることが分かった。例えば前回のアジア大会のスタメンは、160cm台の選手が2人、170cm台の選手が1人、2mを超える選手が2人という構成だ。
ガードやスモールフォワードの160cm台の選手はフィリピン生まれのフィリピン育ちだが、センターの220cmの選手はアフリカ系のフィリピン人なのだ。
ついでにサッカーのフィリピン代表も調べてみたが、最近とみに力をつけていて、身長もほとんどの選手が180cm台と大型化しているのだ。どうやら、フィリピンの海外移民者は世界中に散らばっているが、そこで生まれて育ったハーフの選手を代表に呼んで、一気に強化を図っているようだ。私が調べたところ、現在のフィリピン代表のスタメンには、フィリピン生まれのフィリピン育ちの選手は1人しかいない。

その国のスポーツを強くする方法として、「移民」をトリガーに使うということはある。ただし、2種類ある。一つは海外移民を呼び寄せて帰化させる方法で、フィリピンがやっているようなやり方だ。しかし、この方法では、認められない場合が出てくるようだ。現に、2014年の仁川アジア大会では、フィリピンのバスケットボール選手のアメリカからの帰化が認められず、フィリピンはそれを不服として試合をボイコットしている。フィリピン系とはいえ、帰化選手ばかりだと、国民が代表選手に愛着を持ちにくくなるという点も課題だろう。

一方、もう一つの方法は、国内への移民の増加によって強化が図られるというやり方だ。これは、ただ単にスポーツの強化を目的としてできることではない。結果的に強くなるということだ。強化を「図る」というより、強化が「図られる」と表現したのは、そのためだ。ただ、移民を受け容れ、放っておけば強くなるというものではない。国が「多民族国家」になることを理念として掲げ、国の政策によって移民が増え、それをスポーツの世界が活かし切る、ということが重なって強くなるのだ。多民族国家は、異能な選手を生みそれが移民の社会的地位も上げ、また、移民の代表選手の活躍が多くの移民を勇気づけるという、好循環が回ることが必要だ。
何を隠そう、2014年のW杯で優勝したドイツも、移民政策が大きく後押ししたといっても過言ではないだろう。ドイツは、過去に何度もW杯を制してきたので昔から強かったイメージがあるが、前回1990年の優勝時と今回2014年W杯の優勝で、明らかに異なるのが移民の活躍だ。
中心選手を挙げてみるだけでも、トルコ系移民三世のメスト・エジル、ポーランド系移民のルーカス・ポドルスキ、チュニジア人の父とドイツ人の母をもつサミ・ケディラ、ガーナ人の父とドイツ人の母を持つジェローム・ボアテングなど、移民抜きで今のドイツ代表を語ることはできない状況だ。
余談だが、ボアテング兄弟の兄ケビン・プリンス・ボアテングは、父の故郷であるガーナの代表チームを選んでいる。

ここであらためて強調しておきたいことは、ドイツサッカーが移民によって強くなったのは、国が移民を受け入れたからといった単純なことではない、ということだ。もちろん、国が移民政策をとったことは必要条件にはなるだろう。20世紀最後には「国籍法」を改正して、ドイツで生まれた人は自動的にドイツ人になれるようにしている。また、10年前の2006年には、「反差別法」を制定して、いかなる人物に対しても、人種、民族、性別、宗教、障害、年齢、性的志向を理由とした差別を法的に禁止するようになった。
しかし、こうした法の精神は、社会が支持しなければ、何の意味もない。そう考えると、サッカーの一般のファン達が、自らこの精神を体現していったことこそが、ドイツサッカーを強くした十分条件と言えるのではないだろうか。

フィリピンの話から、ドイツのサッカー代表の話に移ってしまったが、ふと思えば、今サッカーの強い国の多くは、ドイツ、イギリス、オランダ、フランス、ブラジルなど、移民政策に積極的な国であることに気づいた。
移民の問題は非常に難しい問題で、文化の浸食や、犯罪の増加の懸念など、変化への心配の種はつきない。日本は、そもそも移民を受け入れることに消極的だ。今後労働人口が劇的に減少していくにも関わらずだ。さらに、円安が進む今は、移民を考える人にとって日本に行くメリットは極めて小さくなってしまっているので、移民の議論自体が下火になってしまっている。しかし、構造的に少子高齢化が進行する中、働き手を担う人は必要なので、とりわけ移民政策は近い将来、避けられないことだろう。
介護士や看護師などをはじめとして、フィリピンなどからの労働力には多いに期待せざるを得ない。今回フィリピンに行ってみて、その活力や若さに驚いた。昨年人口は1億人を突破したというが、平均年齢は何と23歳だ。アジア諸国の中でも圧倒的に若く、これからその人達の活躍の舞台を日本が用意できるかどうかを、他国と競い合っていかなければならないだろう。

将来、日本が移民政策を決断することがあったとして、それはサッカーの日本代表を強くすることにつながるということもあるので、日本サッカーを強くしたいと考える私の視点からすれば大いに賛成だ。しかし、あくまでもそれはサッカーを強くするための必要条件であって、本当に強くなるかどうかは、それ以上に、社会が受け容れていくという十分条件にこそかかっているはずだ。
日本では昨年、Jリーグの試合で史上はじめての無観客試合が行われた。「JAPANESE ONLY」という人種差別的な横断幕を掲げた浦和サポーターに対する措置である。移民が増える中、社会が受け容れていくということは、このような差別意識と戦っていくということなのだろう。
無観客試合は、ホームとなるクラブチームに多大の損害をもたらすものだ。ドイツでも移民への差別は完全になくなったわけではなく、数年前には2部リーグで、選手による人種差別発言が原因の無観客試合が行われているようだ。しかし、目を見張るのはこのときのファンの対応だ。無観客試合を行うことになったドレスデンのファンが、クラブの損出を避けるために、試合を観戦できない「幻のチケット」を購入したというのだ。販売された枚数は34,638枚。ドレスデンのスタジアムの収容人員は32,066人というから、実際には入りきらない数のファンがチケットを購入したということだ。(参考:産経ニュース2014年3月23日号)そうした差別発言を二度とするなという戒めの気持ちとともに、それでいてクラブチームを支えようという応援のメッセージ。何とも成熟したサッカー文化が発達している国だと、このニュースを耳にしたときには胸が熱くなった。

ドイツサッカーにおいては、他国で見られるような移民の差別の問題は、現在はさほど顕在化していないと聞く。これは、サッカー界をあげて不断の啓蒙活動を行った結果と言えるようだ。関係者やクラブもファンもそれぞれの立場で法の精神を実現しようとしているようだ。それが移民を受け入れた多民族国家ドイツのサッカーの強さを支えていると言ったら言い過ぎだろうか。
今回、フィリピンに行ったお蔭で、私はまた一つ、日本サッカーを強くするためのヒントを得たように感じている。そう思うととても嬉しくなった。

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 45:ハイパフォーマンス・チームを体現するチーム
サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 47:経営者としての本田圭佑選手