コラム

2015.08.31(月) コラム

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 47:経営者としての本田圭佑選手

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発(松村卓朗)】
第47回 経営者としての本田圭佑選手~現役選手でありながら欧州のクラブ運営事業に乗り出す理由は~

つい先日、日本代表の本田圭佑選手が、オーストリア3部のSVホルンというチームを買収し、実質的なオーナーとして経営参入した。サッカーファンにとっては本田選手のプレイヤーとして以外の動向には興味のない話だろうし、サッカーファン以外には、そもそもこのニュースは馴染みのないものだろう。しかし、多くのビジネスパーソンにとっては、サッカー選手としての本田圭佑よりも、彼がどのような経営哲学を持っているのか、あるいは組織をどのように運営しようとしているのか、といったことの方がむしろ大いに参考になるのではないかと考えた。何より、私自身が参考にしたいと思うので、経営者としての本田圭佑を少し調べてみることにした。

彼は実は既に、21歳の頃には「ホンダ エスティーロ」という会社を設立している。その会社の経営理念は、「サッカー及び教育、スポーツを通じて世界に夢と感動を与え続けたい」というもので、今回の買収はその理念に沿ったプロジェクトの一貫ということらしい。
最初は小学校の子供達のスクールという形で始め、後に中学生年代のジュニアユースにも展開し、近々には高校生年代のユースチームを立ち上げることになっている。そして、さらには、欧州のSVホルンを目指せるという道筋を作りたい、ということのようだ。
欧州へ渡ったのが21歳では「遅すぎた」と本田選手はよく言っており、日本の子供達に道筋を提供したいという思いが見える。日本の子どもたちにヨーロッパでプレイするきっかけを与えたいという強い信念が今回の経営参画を実現したようで、育ててくれた日本のサッカー界への恩返しをしたいという強い想いが根底にあると語っている。

既に新シーズンに向け、SVホルンのトライアウトを東京で行ったという。現役の大学生からJリーグ経験者、アジアや欧州の下部リーグでプレイする人など、200人ほどの応募者があったようだが、唯一、1人だけが最終審査に生き残った、厳しい争いだったと聞く。面接はオーナーである本田圭佑選手が自ら行ったらしい。そして、その際の選考基準として、「今までどれくらい苦労し、自分で切り拓いたことがあるか」ということを重視したという。本田選手自身の経験から、どのような選手でチームを構成したいかという哲学がよく分かるエピソードだと思った。

ところで、経営の観点から見たときに、「それにしても」と思わざるを得ない2つの疑問が湧いた。1つは、なぜ、欧州のトップリーグでないクラブに目をつけたのか、ということだ。
その答えは、「扉の広さ」ということらしい。
サッカーの質だけでいうと、Jリーグの方が、欧州の下部リーグよりも数段優っていると言う。しかし、ポテンシャルのある選手はたくさんいるけれど、Jリーグでプレイしていても世界的には評価されづらいのだ。
日本ではほとんど存在を知られていなかった欧州の小さな街のクラブであっても、活躍すれば一気に欧州のトップクラブに引き抜かれたりすることがあると言う。実際に、オランダの2部リーグからロシアリーグに移り、そしてACミランに引き抜かれた本田圭佑選手は、身をもってそのことを知っているはずだ。
そして、単なる小さな街のクラブで終わるつもりはなく、5年でCL(チャンピオンズリーグ)の出場権を獲得し、ビッグクライブへの人材輩出クラブにしたいと語っていた。さらに、「日本人が世界に誇れるものをクラブの中心にして、マネジメントの部分でも日本のすごさを証明したい」とも言っていた。

それにしても、の2つ目は、なぜ「今」かということだ。本田選手はまだまだバリバリの現役で、次のW杯に向けてアジア予選を戦う日本代表の中でも中心選手としての活躍と結果が期待される選手であり、ACミランの10番をつけた選手として、ちょっとでもよくないプレイをすれば必要以上に叩かれるという存在だ。だから、今はプレイヤー一本に集中して、事業家への道は引退してからゆっくり考えるというのが普通の考えだろう。「今」である必要がどこにあるのか、というのはとても気になるところだ。
その答えは「死を常に意識しているから」ということらしい。
本田選手は、次のように語っている。
「極端なことを言うと、人間いつ死ぬかもわからないわけじゃないですか。僕の中では大げさではなく、死ということも常に意識していて、だからこそスピード感にはすごくこだわりたい。そう考えると、現役の時にもやれることはあるだろうということですよね。」
「プロサッカー選手であっても、24時間サッカーだけをやっているわけではない。何も考えていないと、結構しょうもないことに時間を使ってしまう選手も多いと思うんです。僕はその時間を絶対に無駄に使いたくない。サッカーを通じて少しでも世界を変えられるようなことをやりたい。」

現役選手がサッカー以外のことをすることについては、いろんな考え方があるだろう。
本田選手の言葉を聞いて、かつて、中村俊輔選手が出した「夢をかなえるサッカーノート」という本を思い出した。
この本は、彼が高校時代からひたすらつけてきた10数冊のノートを、頁を取捨選択して本にしたものだ。ただ、練習のメニューとか、気づいたこととかが、淡々と書き連ねられている。
しかし、それだけの本なのだが、この本を書いた理由として、たしか彼が次のようなことを語っていたのを目にして、とても感動したことを覚えている。
「このノートは、自分の正直な気持ちや苦悩、日々考えたことなどを綴っているので、一生誰にも中身を見せることはないと思っていた。『ハダカを見せるより恥ずかしい』と思ってきた。
しかし、こうして自分を育ててくれたサッカーに、いつか恩返しがしたいと思うようになった。その恩返しは、もちろん引退してからもしたいのだが、現役時代にしかできないことがある。現役だからこそ、今、多くの人が自分に関心を持ってくれ、現役だからこそ、今、自分の発言に耳を傾けてくれる人が多い。だったら、影響力のある今だからこそできる社会貢献をしたいと考えた。
ただ、現役プレイヤーの今は、新たに社会貢献をしたくとも割ける時間はない。そのような折、このノートを公開することで、大いに社会に貢献できるのではないかと気が付いた。サッカーを志す少年少女たちはもちろんのこと、挫折してくじけそうになっている人、頑張ってもなかなか成果が出ない人、など、世の中の人たちに、大切なメッセージを届けることができるのではないかと考えたのだ。すなわち、自分自身を強く信じ、正しく怠らずに努力を積み重ねることによってしか、結局は夢を叶える方法はないということだ。」

人間の一生は、自分の持っている能力をどこまで引き出せ、そして社会に貢献できるかという真摯な戦いだ。経営や組織運営に携わる者も、当然、それを忘れてはならない。あらためてサッカー選手から、そのことを再認識させられた。

(参考:「Number」 2015年9月3日号)

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 46:フィリピンサッカーから考える多民族国家
サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 48:サッカーを通じて見えるシリアの難民問題