コラム

2016.10.03(月) コラム

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 58:ウイーク・タイズ(弱い絆)による地域活性を目指すFC今治

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発(松村卓朗)】
第58回 ウイーク・タイズ(弱い絆)による地域活性を目指すFC今治
~ストロング・タイズ(強い絆)よりも、まれにしか顔を合わさない人々とのつながりが地域に希望をもたらす~

「希望学」という本がある。著者の東京大学の玄田有史教授は、社会科学研究所が実施したフィールドワーク等を実施したプロジェクト結果を通じて、「日本人の希望に、『ウイーク・タイズ(弱い絆)』が現在では重要性を高めている」と結論づけている。
家族や職場という「ストロング・タイズ(強い絆)」が機能しなくなってきたわが国で、それほど親しくない人たちとの「ウィーク・タイズ」(弱い絆)のほうが、個人が希望を持ったり組織を活性化をする上では大事だということだ。
この本では、「家族や職場の人間関係も希望に影響を与えるが、むしろそれ以外で、自分を評価してくれたり、期待してくれたりする友人や知人がいる人ほど、実現見通しのある希望を持ちやすい」ことを指摘し、その理由として、「家族でも職場の上司や同僚でもない人々は、自分と違う世界に生活し、その分自分と異なった価値観や経験を積んできている場合も多い。このような血縁や職縁を超えたいわば『第三の関係』を有し、そこから日常的には得られない貴重な情報を獲得できることは、希望の形成にとって大きな力となっている可能性がある」と記述されている。

先日来、あるクライアントから、次のような相談を受けている。次世代のリーダーを育成したい。「どうすれば持続可能な社会を作れるのか、日本は至るところで社会問題を抱えているが、自らのビジネスを通じて地域活性にどのようにして貢献できるのか」を考え抜く人材を育てるプログラムを行いたい。
このプログラムを開発するにあたって、「希望学」プロジェクトが行った、岩手県釜石市の大規模訪問調査の結果は大変に参考になった。釜石は、かつての鉄の町、ラクビーの町として地方の希望の星だった。しかし今は、新日本製鐵が撤退してから、高齢化、人口減、産業構造の転換など、日本社会に迫り来る近未来をすべて体現していると言っても過言ではない地域だ。
釜石における同窓会調査からは、釜石出身者の保有する希望の状況を調べた結果、全体の約8割が希望を持っていると答えたということだ。玄田教授は「希望を支える要因として、収入、教育などの他に、地域を越えた人々の適度な交流や、鉄やラクビーに代表される釜石固有の物語が重要である。内外をつなぐ人と人との緩やかな交流を広げ、人々が地域に固有の物語を持ち続ける限り、地域から希望や誇りの灯は消えない」「地域内外での緩やかな交流が重要であるとしたら、そのようなウイーク・タイズを持っている人ほど希望を持ちやすいことが予想される。そして希望が誇りにつながるとは、ウイーク・タイズを通じ出身地域の魅力や価値を別の角度から再認識することで、同一地域出身者のあいだに誇りを醸成しやすいことを意味するのかもしれない」と述べている。

希望学を地でいっているのが、元サッカー日本代表監督の岡田武史さんだ。四国の今治出身の友人とのウィーク・タイズから、それまで全く無縁だった今治と関わりはじめ、今ではFC今治のオーナーとして、サッカーを基軸にしたこの地域の活性化を主導している。
先日今治で、「バリ・チャレンジ・ユニバーシティー」という3日間のイベントを行ったと聞いた。今治に、高校生以上の学生や若い社会人を100人ほど集めてワークショップを開講したのだという。インキュベーション(起業支援)テーマとして「FC今治のオーナーとして複合型スタジアムを構想し、今治を活性化せよ」という課題を与えたそうだ。全国から集まってきたという若者たちと、今は故郷を離れ県外で働き生活している若者たちとが、一堂に会して知恵を絞った。
スタジアムにせっかく集まってくる何万という人がいるのに、それを地域活性に繋げることができている町はまれだ。スタジアムはポツンと外れに立っていることが多いからだ。しかし、FC今治が計画するスタジアムの予定地にはオープンしたばかりのイオンのモールがある。
今年の欧州チャンピオンズリーグ決勝は、イタリアのトリノにある名門ユベントスのスタジアムで行われたが。1990年ワールドカップ(W杯)の会場として使われた6万8千人収容の旧スタジアムより一回り小さな、商業施設と合体した4万人の新スタジアムにした方が、大いに潤っているという興味深い話を聞いた。
旧スタジアム時代は周りに時間をつぶせる施設が何もないので、お客さんはキックオフ直前にどっと押し寄せ、試合が終わるとそのまま帰っていた。しかし、新スタジアムでは遅くとも2時間前には到着して、試合が終わった後も開けたままの商業施設で平均で1時間半ほどお客さんは居残ることになったのだという。お客さんの半分以上はスタジアムの160キロ圏外から来ているそうで、託児所もあるし、行けば半日楽しく過ごせるから、遠いところからでもやってくる人が増えたというのだ。ユベントスの成功は、多くの日本の町にも示唆を与えるのではないか。

岡田氏は、こういうワークショップを毎年開催したいと話していた。そして、ウィーク・タイズによって生まれる「ゆるやかなつながり」の重要性を次のように語っていた。
若者に魅力ある仕事をつくり出すのは地方創生の要になることだが、そう簡単なことではない。それを可能にするためには前段として交流人口を増やすことが最も重要だ。交流人口が増えれば、サービス業のような仕事が自然に増える。無理やり雇用を創出するより、その方が現実的な気がするのだ。

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