コラム
2026.09.01(火) コラム
■【記事】共感力だけでは、場は動かない。AI時代のファシリテーターに「論理的思考力」が必要な理由
ファシリテーション・スキルが高い人が組織にいると、何が変わるのでしょうか。
話し合いの質が上がり、多様な意見が引き出され、対立が創造的な議論へと昇華していく。そうした組織は、問題解決が速く、イノベーションが起きやすい。だからこそ、ファシリテーション・スキルは管理職にとって不可欠であり、人材開発の最重要テーマの一つであり続けています。
では、ビジネスパーソンがそのスキルを本当の「強み」にするために、何が必要か。前回の記事では、eラーニングの普及とリモートワークによる「練習の場の喪失」を指摘しました。今回は、もう一歩踏み込んで考えます。
AIの時代、「思考力強化はもう不要」は本当か

AIが職場に浸透するにつれ、こんな会話を耳にすることが多くなりました。
「論理的思考はAIに任せればいい」「これからは共感力や直感といった、人間らしいソフトスキルが大事だ」——そういう側面は間違いなくあります。AIが情報を整理し、選択肢を提示してくれるなら、人間がわざわざ論理的思考力を鍛える必要はないのではないか。人々がそう考えるのは、自然なことかもしれません。
でも、ここに見過ごしては危険な落とし穴があります。
共感力や直感力は、論理的思考力という土台があって初めてファシリテーターの強みになる、ということです。そしてAIを本当に使いこなすためにも、論理的思考力は不可欠です。「論理的思考はコモディティ化した」どころか、AI時代にこそ、その価値は高まっているといえるでしょう。
「共感力があれば場をまとめられる」という誤解
話し合いの現場を見ていると、共感力はあるのにファシリテーションが機能しないケースが少なくありません。「場の空気は読める、みんなの気持ちは分かる、でも議論がさばけない」という状況です。傾聴はできる、受容もできる、でも場が展開しないし、収束もしない。
これは共感力の問題ではなく、論理的思考力の問題です。
共感力も直感力も、それ自体は大切な力です。しかしファシリテーションという観点では、論理的思考力という土台がなければ、その力を活かしきれない。共感力だけでは、議論を構造化し意思決定まで導くことは難しい。即興力だけでは、議論の方向性や判断基準が定まらない。論理的思考力こそが、他の力を束ねる軸になります。
なぜそう言えるのか。音楽の世界から、その構造を見てみましょう。
ジャズの即興が教えてくれること
PFCは創業期から、組織開発やリーダーシップ開発に「インプロビゼーション(即興)」という手法を取り入れてきました。即興劇の役者やジャズピアノの演奏家と組み、「その場で作る力」を体験的に学ぶアプローチです。
この経験から確信していることがあります。一流のジャズミュージシャンが舞台で自由に即興できるのは、論理を身体化しているから、ということです。
ジャズの即興演奏を神経科学から分析した研究によると、経験の浅いミュージシャンは演奏中に意識的な論理処理に頼らざるを得ない。一方、熟達したミュージシャンは音楽理論や技術をすでに身体に叩き込んでいるため、ステージでは「考えない」で弾ける。だからこそ、ムードや感情、その場の空気に集中できる。「自由な即興」は、論理の自動化の先にある——これはファシリテーション・スキルとまったく同じ構造です。
即興演奏は外から見ると魔法のように見えるため、「才能に左右される」という誤解が生まれがちです。でも実際には、長い鍛錬があります。「共感力があるから場をまとめられる」という誤解も、これと同じ構造をしています。
そしてここに、人材開発にとって重要な示唆があります。共感力や即興力は、その人の経験や個性、価値観に深く根ざしており、短期間で大きく変えることが難しい部類の能力です。翻って論理的思考力は、大人になってからでも、意識的な鍛錬によって多くの人が着実に伸ばすことができます。だからこそ、論理的思考力の強化は、組織が介入できる最も有効なファシリテーション・スキル開発の起点になるのです。
脳科学が教えてくれた、もう一つの真実
ここで、脳科学の知見を一つ紹介しましょう。
神経科学者アントニオ・ダマシオが提唱した「ソマティック・マーカー仮説」は、ファシリテーションを学ぶビジネスパーソンにとって、ぜひ知っておいていただきたい研究です。
「ソマティック(somatic)」とは「身体の」という意味。つまりソマティック・マーカーとは、「身体に刻まれた感情の記憶」のことです。私たちは何かを判断するとき、データや論理だけで動いているわけではありません。心臓がドキドキする、胃がきゅっと締まる——そんな身体の反応が、過去の経験と結びついた「感情のシグナル」として、無意識のうちに意思決定を後押ししているのです。
この研究が画期的だったのは、「感情は判断を狂わせる」という、それまでの常識をひっくり返したことです。ダマシオが報告した症例では、事故によって脳の特定部位を損傷した患者は、論理的に考える能力は完全に保たれていたにもかかわらず、日常のごく普通の意思決定——何を食べるか、いつ約束を入れるか——すら、著しくうまくできなくなりました。感情の回路が切れると、いくら論理が働いても、人は前に進めなくなるのです。
この研究は、「人間が組織を動かしている」という当たり前の事実を、科学的に裏付けてくれています。組織の話し合いも、そこにいるのはデータではなく、感情を持った人間です。ファシリテーターが場を動かせるのは、論理だけでなく、その感情の動きを読めるからこそです。
ただし、ここに注意点があります。この研究を表面的に理解すると、「感情が大事なら、共感力さえあればいい」という結論に飛びつきたくなる。しかし、それは誤解です。感情に引っ張られやすいからこそ、ファシリテーターには論理的思考力による「中立性の軸」が必要なのです。誰かの意見に無意識に肩入れしたり、空気を読んで結論を誘導したり、自分の正義のために場を引っ張ってしまわないために。
なお、ソマティック・マーカー仮説はすべての意思決定に当てはまる万能理論ではなく、研究者の間でも議論が続いています。「感情と論理は対立するものではなく、補い合うものだ」という方向性として参考にしていただければと思います。
論理的思考力を土台に、三つの力を統合する
ここまで、ファシリテーションに必要な力として、共感力・論理的思考力・即興力の三つをとり上げてきました。そしてこの三つは、論理的思考力が土台にあってこそ、共感力と即興力がファシリテーターの強みとして機能します。PFCが長年、ファシリテーター教育に携わってきて行き着いた結論です。
ファシリテーターにとって、共感力は、場の感情の動きを読み、人を動かす力です。即興力は、予期せぬ展開にその場で応じる力です。しかしどちらも、議論の構造を捉え、論点をさばき、場を意思決定へと導く論理的思考力という軸がなければ、その力を発揮しきれません。ジャズミュージシャンが論理を身体化した先に自由な即興を手にするように、ファシリテーターも論理的思考力を鍛えることで、共感力と即興力が統合されて発揮できます。
そしてこの統合を目指す鍛錬こそが、管理職やリーダーにとってのリーダーシップ開発そのものでもあります。ファシリテーション・スキルを磨くことは、単に「会議をうまく進める技術」を習得することではありません。論理的思考力という、大人になってからでも伸ばせる力を起点に、リーダーとしての総合的な成長を促す——それが、ファシリテーション・スキル開発の本質だと、PFCは考えています。
だからこそ、「練習の場」の設計が人材開発の急務
AIが情報処理を担うほど、人間が「自分で問いを立てる」「自分で考えを構造化する」機会は減っていきます。AIは論点を提示できても、その場の感情の動きを読みながら議論を収束させることはできません。AIが出した情報を理解し、取捨選択し、その場の文脈に合わせて使いこなす力は、やはり人間の側に必要です。AIを使いこなすためにも、論理的思考力を磨くことは避けられません。
そしてファシリテーターとしての論理的思考力は、前回お伝えしたように、eラーニングで「頭で理解する」だけでは身につきません。ジャズミュージシャンが実践練習を通じて理論を身体化するように、実際の場で繰り返し使ってこそ、共感力や即興力と統合され、ファシリテーターとしての本物の強みになっていきます。
論理的思考力は、大人になってからでも伸ばせる。だからこそ、その鍛錬の場を意図的に設計することが、今、人材開発や管理職に問われています。
PFCでは、実践的なファシリテーション・スキル習得にフォーカスしたプログラムをご提供しています。どうぞお気軽にお問い合わせください。
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山田 奈緒子(やまだなおこ)
ピープルフォーカス・コンサルティング
取締役
グローバルな人事戦略構築の課題に直面する日本企業へのソリューション提案における第一人者。
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