コラム

2022.08.27(土) コラム

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発94: 私達が身に纏う“無意識の偏見”にどうやったら気づけるか

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発:松村卓朗】
第94回:私達が身に纏う“無意識の偏見”にどうやったら気づけるか

 毎週土曜日の夕方、楽しみにして欠かさず見ているテレビ番組がある。『アオアシ』(NHK Eテレ)。
 週刊ビッグコミックスピリッツで連載中の小林有吾による大人気コミックス、『アオアシ』(小学館)が原作で、プロサッカークラブの育成部門(ユース)を舞台に描かれたアニメだ。
 タイトルは主人公の青井葦人(アオイアシト)から来ている。サッカーを「考える」がメインテーマになっていて、主人公の名前はまさにパスカルが言った“人間は考える葦である”を象徴している。日々サッカーに向き合う中で自ら考えて動ける選手として成長していく。

 物語は、Jリーグの下部組織「東京シティ・エスペリオンFC ユース」の監督を務めるカリスマ指導者である福田が、愛媛県の名もない中学校でプレイするアシトと出会うところから始まる。
 福田監督は自らが率いるチームで世界を相手に勝つことを目標としており、そのためには自ら考えられる選手の育成が大事だと考えている。
 サッカーの技術そのものは粗削りではあるが、少年アシトが持つある特異な能力に福田監督が気づき、自らのチームのセレクション(入団試験)に招待する。その特異な能力とは、ピッチ上を「俯瞰」できる能力だ。すなわち、敵も味方もすべてのプレイヤーの位置を瞬時に把握することができる。この時点ではアシト本人も自らのその能力に気づいてはいないが、唯一無二のサッカー選手になっていくのに欠かせない大きな武器となる。
 
 さらに、主人公アシト自身の成長を大きく促すのが、思考の「柔軟性」だ。
 地元の中学校にいたときには、アシトは、何も考えずに感覚でサッカーをやっていた。
 しかし、ユースチームに入ってからは、とにかく考えろと言われる。
 アシトが成長する上で、常にカギとなっているのが、思考の「柔軟性」なのだ。つまるところ、成長というのは、自分が持っていたものとは異なる、従って容易には受け入れ難い新しい価値観や考え方と出会い、果敢に柔軟に受け入れるということなのだとアシトを見ていると教えられる。

 人間は誰しも、何事にもそうは柔軟ではいられない。これまで持っていた価値観や考え方を変えろと言われても、簡単にはいかない。アシトは、他の漫画の主人公と同様、強烈な自我と揺るぎない価値観を持っているので、なおさらだ。しかし、思考に柔軟性がないと、どんなにたくさんの情報に接しても、ほとんど吸収できない。従って、成長が起きない。 
 中学校まではエースストライカーとして活躍していたアシトが、フォワードからサイドバックにコンバートされる場面がある。ゴールすることに強いこだわりを持っているアシトは激しく動揺する。点を取るポジションができないならサッカーを辞めようかという葛藤すらある。しかし、最後にはこれを受け入れて前に進んでいく。多くのサッカー漫画ではフォワードやミッドフィルダーなどの攻撃的なポジションの選手が主人公であることがほとんどなので、このコンバートには私もいささか衝撃を受けた。 
 しかし、自身の持つ才能というのは実は自分ではよく分からないものだ。監督は最初からアシトのサイドバックとしての適性を見出していた。周囲からのフィードバックを受け入れるというこのアシトの柔軟性が『アオアシ』を、サッカー漫画の主人公がサイドバックという他に二つとない珍しい特徴を持ったものにした。

 私達は皆、当然ながら、自らの価値観やものの見方を持っている。しかし、ある人の価値観やものの見方は、時として他の人からすれば偏見に映る。従って、ネガティブな言い方をすれば、私達は多くの偏見を身に纏って生きているとも言える。
 偏見とは文字通り偏った考え方なのに、無意識だからこそ、とてもやっかいだ。誰もが持っているのに、多くの場合無自覚なのでたちが悪いのだ。そこで、最近は、無意識の偏見を「アンコンシャス・バイアス」と呼んで、まずは各人が意識すること、および自覚することを促そうという動きが盛んだ。アンコンシャス・バイアスはなくすことはできないが、偏見をなくすことはできないと意識し、自分は多くの偏見を身に纏っていると自覚することはできる。
 自分はフォワードに向いているというのも偏見にすぎないかもしれない、と考えることができたところから、アシトの新たな世界が始まった。私も、最も視野の広い選手はピッチの真ん中に置いて攻撃に専念させるという偏見を持っていたことに気づかされたことから、今サッカーの新たな見方が広がって、とてもワクワクさせられている。

 アニメの第2話では、自分の持つ無意識の偏見に気づかせるのに大いに参考になると思った方法があった。
 ユースのセレクションを受けに来いと誘われたアシトは、単身東京へやってくる。受験生は輝かしい経歴を誇る選りすぐりが100名近くも集まっていた中で、何の実績も持たないアシトは緊張に体を震わせる。しかし、「高いレベルでサッカーができる」喜びと高揚感を胸にセレクションへ臨む。

 セレクションの最終試験の様子が大変示唆に富んだ内容だった。
 セレクション受験組(中3)がユースのBチーム(高1中心)と試合を行うシーンがある。実力差のハンデとして、福田監督はユース組に対して「制約条件」を課す。それは「未経験のポジションでプレイすること。その上で内容で圧倒すること。」というものだった。試合が終わったあと、何のためにあのようなことをやったのかとアシトが福田監督に尋ねる。実力差をそこまでつけなければ勝負にならないと考えたのかと聞いたアシトに、福田監督はこう答える。「攻撃の選手が守備のことを、守備の選手が攻撃のことを、こんなに真剣に考えた1週間はなかったろう。控えのあいつらには重要な訓練になったはずだ。」
 やったことのないポジションを体験する機会にすることで、視座の相互理解を進める。制約条件はそのために課したわけだ。視座が変わると、異なった景色が見えるようになり、自分の偏見に気づくきっかけが生まれる。

 『アオアシ』から私が教えられたのは、偏見から解放されやすくなる方法だ。
 それは、自分の考えが絶対正しいと思いこまずに、周囲からのフィードバックに真摯に向き合うこと。
 そして、気づくきっかけを得るために、時折、普段とは全く違う景色からものごとを見る機会を作ること。
 偏見を持つことがよくないのではない。よくないのは、偏見を持ったまま、偏見をもっていることを意識も自覚もしないことだ。変わろうとしない自分がいることに気づくことが始まりだ。


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