コラム

2018.03.01(木) コラム

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 70:平昌五輪で理解できた、冬季スポーツとサッカーとの違い

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発(松村卓朗)】
第70回 平昌五輪で理解できた、冬季スポーツとサッカーとの違い ~スピードスケート小平奈緒選手の“自分を見つめ直す”作業:「永遠に生きると思って学べ。明日死ぬと思って生きろ」~

平昌での冬季五輪が終わった。

もちろん、冬季五輪にはサッカーはなく、「サッカーから学ぶ組織開発・人材開発」で取り上げるテーマとしては、まったくもって相応しくないことは承知している。しかし、私はどのようなスポーツを見ても、サッカーを軸に視点を定め、サッカーと比較してその違いを見出そうとしてしまうのだが、その観点から発見があったので、是非とも書き記しておきたいと思った。

しかも、今回の五輪では、勝負を終えた後、選手が語る姿の中に私個人的には印象に残るシーンが目白押しだった。選手達から発せられるコメントには、「自身の成長」や「チームの力」に関する示唆も豊富で、組織開発・人材開発に関するヒントもたくさん得られると思ったので、なおさら書き残しておかなければという気持ちになった。

ちなみに、コメントを聞いて私が大変関心を抱き、今後機会があれば何かで取り上げたいと思ったのは(以下、勝手につけたキーワードで表すが)、女子チームパシュートの「個人を超えるチームづくり」、フィギュアスケート羽生結弦選手の「残りの人生より連覇に賭けた計算と決断」、スノーボード・ハーフパイプの平野歩夢選手の「恐怖心の克服のプロセス」などだが、何と言ってもサッカーとの大きな違いを認識できたのは、小平奈緒選手の「自分を見つめ直す作業」であり、今回はこれに焦点を当てたい。

今回の平昌冬季五輪を通して、まずもって印象に残ったことは、とにかく、「自分を見つめ直す」という言葉を、インタビューでたくさんの選手から数多く聞いたことだ。

例えば、個人ノーマルヒル・ノルディック複合で前回ソチ五輪に続く銀メダルを獲得した渡部暁斗選手は、平昌五輪の競技を全て終えた後、金メダルを目指しながらも届かなかった大会を振り返り、その理由を聞かれて、「自分を見つめ直す」作業が足りなかったと語っていた。「山頂を目前にして一回引き返さなきゃいけないかな。一度下山して自分を見つめ直し、装備を調えてもう一回登る準備をしようかなという感じ」と話していた。

あるいは、スピードスケート500mで金メダルを獲得した小平奈緒選手は、今回成果を残せた最大の理由として、前回ソチ五輪後のオランダ留学で「自分を見つめ直すことができたから」ということを挙げていた。

彼女は過去2回の五輪でもメダル候補と呼ばれた。ただ、今にして振り返ってみると「メダルを目指すとか、コントロールできない部分に心を奪われていた」という。そのことに気づくことができたのは、オランダ留学で自分自身を見つめ直せたお陰だという。

こうした言葉を聞くにつけ、こんなにもサッカー選手は、自分自身を見つめ直すことの重要性をインタビューで口にしてはいないな、と思った。言ってみれば、冬季五輪の選手達と比べると、自分自身との対話がまだまだ足りないということなのではないか。

それはそうなのかもしれない。W杯を4か月後に控えたサッカーの現日本代表監督が今、選手に最も求めることは、「デュエル(目の前の相手との“決闘”)」に勝つことなのだ。一方、冬季五輪は、アイスホッケーなど一部の種目を除いて、直接的には対戦する相手がないスポーツばかりだ。つまり、あくまでも自分自身との戦い、ということが本質なのだ。

しかも、自分自身と戦って得られる成果、例えば縮められるタイムの余地は、ごくわずかだ。数字にすると1%未満、アイススケートの小平奈緒選手の場合、500mだと0秒37といった時間の短縮のために4年間という時間が注がれた。逆に言えば、わずかな余地しか残されていないからこそ、どれだけ自分自身と向き合い見つめ直せるかが勝負を決するということなのだろう。

アスリートが、自分自身と向き合って、自分を高めることのできるわずかな可能性を詰めていく作業は過酷だ。小平奈緒選手が、オリンピックを控えた夏場の高地トレーニングのテーマを聞かれたとき、「“血液”を鍛えたい」と語っていたのに、私は少なからず衝撃を受けた。

かつて、長野冬季五輪のスピードスケートで金メダルをとった清水宏保選手のことを思い出した。彼は、オリンピックを控えたシーズンに、あと鍛えられる部分はもう「脳」しか残っていないと語っていた。生命を守るために、人間はどうしても限界を超える前に脳のリミッターが制御するのだと言う。例えば、身体に負荷をかけ過ぎると、身の危険を感じて、ちゃんと気絶するように人間はできている。だから、限界を超えた自分を作る挑戦をするには、脳が無意識に限界と感じる値を上げることが必要だと、何度も気絶してはトレーナーに叩き起こしてもらうというトレーニングを続けたと聞いた。

小平奈緒選手は、清水宏保選手を育てたコーチの下でトレーニングを積んだので、おそらく同じようなトレーニングも行ったことだろう。「“血液”を鍛えたい」という言葉を聞いて、その意味するところを想像すると、壮絶な状況が目に浮かんだ。

プロ選手達の域は知る由もないが、少なくともサッカーには“脳(無意識)”や“血液”を鍛える前に、まだまだ強くなるために詰めるべきことがたくさん残されているような気がする。そう思うとサッカーの可能性を大いに感じるし、だから逆に、自分自身を見つめ直すことも上手にできれば、劇的に強くなるとも感じる。

ちなみに、成長のために自分自身と向き合い、自分自身を見つめ直すという境地を表現するために、彼女はインタビューで、ガンジーの言葉を引用していた。
「永遠に生きると思って学べ。明日死ぬと思って生きろ。」

私達は、研修などで普段から、リーダーシップ開発には、「経験」「内省」「客観視」の3つが必要だと説いている。

しかし、多くのリーダーと接していて、「経験」しっぱなしで、「内省」「客観視」の機会が少ないために、リーダーとしての成長が鈍化している、“もったいない”人達と多く接してきた。

“自分自身を見つめ直す”と語る冬のアスリート達は、まさに、「内省」と「客観視」の作業に長けた人達なのだろう。平昌五輪が終わった今、ますます強くなったのは、彼らからもっと多くのことを学びたいという気持ちだ。

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 69:サッカーから学ぶデザイン思考
サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 71:上手くないのに本気で日本代表入りを目指すサッカー選手