コラム

2018.05.07(月) コラム

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 72:ハリルホジッチ監督の解任劇に見た人事のコミュニケーションのタブー

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発(松村卓朗)】
第72回 ハリルホジッチ監督の解任劇に見た人事のコミュニケーションのタブー~コミュニケーション不足を理由に監督を解任したが、日本サッカー協会こそがコミュニケーション不足ではないか~

ロシアでのW杯本番を2か月後に控え、ハリルホジッチ監督が突然解任された。
監督の解任の是非そのものは、確かな情報もないので、私には正直論ずることはできない。
ただ、日本サッカー協会会長による解任会見を聞いて、ものすごい違和感が残った。(来日したハリルホジッチ前監督の会見も聞いて、その違和感はますます強まった。)
監督の解任劇で疑問を抱いたポイントはいくつもある。そもそも、タイミングが悪すぎる。選手選考まで1か月となったこの時期の監督交代で、W杯で勝つ確率は少しでも本当に上がるのか?新しい監督は、今から準備をして本当に間に合うのか?
西野新監督は、就任会見で「2年間、現場を離れて、技術委員長という立場で仕事をしてまいりましたので、まずは指導者としての心身を整えて、しっかり選手を見て、日本サッカー界を見て、これからチーム作りをしていきたいと考えております。」と述べている。(出所:Sports Navi2018年4月12日「日本化したフットボールをベースに」西野朗氏 日本代表監督就任会見)メンバー発表まで残された期間は1か月を切っているのに、まずは「指導者として心身を整える」ところから始めないといけない人に何ができるというのか。
後任の人事も体制も甚だ疑問だ。監督のみならず外国人コーチ達も解雇され、本大会に向けては全員が日本人スタッフとなった。これまでは「日本人だけでは世界で戦えないので」と、監督をはじめコーチ陣も外国人スタッフを招聘しておきながら、今になって“オールジャパンで固めて戦える”と言い切れる理由が全く分からない。

しかし、違和感の最大の原因は、解任の理由とそのプロセスにある。組織の「人事」の問題として見たときに、強い違和感を覚えざるを得ないことを日本サッカー協会はしでかしてしまっている。
監督解任の経緯については、日本サッカー協会の田嶋幸三会長が述べていたことが報道されていたので、私も直接聞くことができた。彼はパリのホテルにまで出向いて、ハリルホジッチ前監督に直接解任を通告したと言う。「日本サッカー界に必要なものを植え付けてくれた」と監督に敬意を表しながらも、「選手とのコミュニケーションや信頼関係が薄れたこともあり、総合的に評価して、この結果となった」と彼は解任の理由を述べた。
私が違和感を覚えたのは、まず、「コミュニケーションや信頼関係が『薄れた』こと『も』あり、『総合的に評価』して」、という極めて曖昧な解任理由だ。
コミュニケーションや信頼関係が「決定的に悪化した」、あるいは、「回復できない水準に達した」などと言うならば分からなくはないが、『薄れた』というのが理由だ。さらには、『も』ある、ということなので、コミュニケーションや信頼関係が薄れた以上の、何か別の理由があるはずなのだが、これ以外の理由は一切語られなかった。『総合的に評価』したというが、何をどう総合したのかが、さっぱり分からなかった。これでは、ハリルホジッチ前監督でなくとも、相手が納得しないのも無理はない。これでは、説明責任を全く果たしていない。

私がさらに驚いたのは、解任に至る前の本人とのコミュニケーションだ。
協会は「コミュニケーション不足」を解任理由に挙げたが、ハリルホジッチ氏本人は「私の認識ではそういった問題は存在しなかった」と語っている。
ハリルホジッチ前監督が記者会見で述べていたのは、次のような趣旨のことだ。「誰も私のオフィスに来て話をしていない。私は(技術委員会の)存在すら知らなかったし、後から加わった西野さんはあまり多くを語らない人で、確かにコミュニケーションは非常に少なかったかもしれない。本当に何か問題があったとしたら、会長が事前に『どうするんだ、ハリル』と言ってくれればよかった。西野さんも私に警笛を鳴らすなり、インフォメーションをくれればよかった。(日本サッカー協会は)私を解雇する権利を持っているから、会長の判断は問題ない。私がすごくショックを受けているのは、前もって誰も何も教えてくれなかったことだ。」(出所:Qoly Football Web magazineハリルホジッチ前監督の記者会見 全文)
これまで技術委員長を務め、新代表監督として後を継ぐ西野氏については、「すべてのトレーニング、練習にも彼は参加していた。そしてトレーニング後、いつも『良かった』と言ってくれていた。」とハリルホジッチ前監督は言っている。だから、「(3月のテストマッチで)ウクライナに負けたという結果を(解任理由に)ぶつけてくれたら理解できるのだが。」とまで語っている。
こうした経緯が事実であるならば、今回の解任劇のプロセスには、日本サッカー協会とハリルホジッチ前監督のコミュニケーションに相当大きな齟齬があったことは明らかなのではないだろうか。

人事において、「サプライズ」という言葉がある。本人は「やれている」と感じていて、上司も「これで良い」とフィードバックしていて、それでいて、考課のときには非常に厳しい評価が下されることをいう。本人は戸惑うだけだし、組織や上司に対して大きく信頼を損なう。普段のコミュニケーションが不十分な場合に起きがちだ。
特にバッドニュースにサプライズは禁物というのは人事のコミュニケーションの鉄則だ。このサプライズを、W杯直前で日本サッカー協会は起こしてしまった。
あとはもうW杯本番で、いい意味でのサプライズというか奇跡を願うしか、残された道はないように多くのサッカーファンは感じているのではないだろうか。

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