コラム

2018.10.01(月) コラム

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 76:一流選手のメンタルを安定させ、ミスを引きずらせない方法

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発(松村卓朗)】
第76回 一流選手のメンタルを安定させ、ミスを引きずらせない方法~大坂なおみ選手を全米オープン優勝に導いたサーシャコーチの手法から、サッカードイツ代表のメンタルコーチングを思い出した~

今回は、どうしてもテニスの話から始めたい。
大坂なおみさんが、全米オープンで優勝した。弱冠20歳での快挙だ。決勝は、4大大会を14回も優勝している、セリーナ・ウィリアムズを圧倒しての勝利だ。
これには、2017年12月からコーチをしているドイツ人のサーシャ・バイン氏の功績が大きいことは誰も異論はないだろう。サーシャコーチは、時速200キロクラスのサーブを持ちながらも、世界70位前後に停滞していた大坂なおみさんに関心を持ち、その指導を“魅力的なチャレンジ”と感じて引き受けたと語っている。

これまでの大坂選手は、他を寄せ付けないほどの試合運びをして、ものすごく強いと思っていたら、3回戦くらいであっさりと負けてしまうということを繰り返していた。敗戦時のコメントを聞いていると、「あと1ゲームで勝てると思ったらパニックになった」といった混乱を見せたり、「注目されることで何もかもが変わって不安定になった」と弱気な発言をしたりしていた。
勝ったときのインタビューでは天然ぶりが伺えたが、急に少女のように泣いたりして、精神的に弱いと思うシーンは何度も目撃した。メンタルが課題ということは明らかだと感じていた。しかし、サーシャコーチは見事に克服させたのだろう。決勝の舞台では、精神は抜群に安定していて、どんなピンチの時でも集中力が一切途切れなかったように見えた。

サーシャコーチは、大坂なおみ選手について「完璧主義で、自分に厳しすぎる。そして、上手くいっているポイントではなく、上手くいっていない要素の方にフォーカスしすぎることが時々ある。」と自身の見立てを話していた。そして、「彼女を強く励ます必要はない。むしろ落ち着かせて、地に足をつけさせないと。」と大坂選手の始動方針について語っていた。
大坂選手自身も、「試合中に動揺しないことが課題」だと語っていた。

それにしても、サーシャコーチは、どうやって大坂選手にマイナスな感情をコントロールさせ、目の前のことに集中させたのだろうか。
彼は、メンタルの強化には相当力を入れたはずだ。そして、全米オープン前には、「大坂自身が答えを掴みかけているところだ」とサーシャコーチが語っているのを目にした。しかし、どんなに調べてみても、その具体的な方法に関しては、私のような門外漢にも分かるような情報はなかった。

ただ、全米オープンの決勝を見ていて、とても印象的だったシーンで思い出したことがある。とても印象的だったシーンとは、大坂なおみ選手がミスをした直後に、天を仰いで、にこっと笑う姿だ。これまでの大坂選手ならば、ミスをして、イライラして、自滅していくところだったろう。だから、とても印象に残っている。
そして、思い出したこととは、かつて聞いた、サッカーのドイツ代表のメンタルコーチの手法だ。W杯で得点王までとった、ドイツ代表のクローゼのスランプを、この手法が救ったという話だ。
どんなに強いメンタルを持っている選手でも、どんなに経験を積んだベテランでも、悩みや失敗が頭から離れず、試合に集中できないことがある。
クローゼ選手を襲ったのは、事実無根の噂だ。タブロイド紙に「妻がチームメイトと不倫関係にある」という記事が出た。完全なでっち上げということなのだが、クローゼ選手はプレイに集中できなくなり、スランプに陥ってしまったという。
そんな危機を救ったのが、ドイツ代表のメンタルトレーナー、ハーマン氏だった。ハーマン氏は、スキーやハンドボールなど、分野を越えて多くのアスリートのパフォーマンス向上を担ってきたスペシャリストだということだが、こうアドバイスしたというのだ。
「どうしても気になってしまう思考があったら、一度、頭の一部にパーキング(駐車)しなさい。そして、試合の後で考えればいい。パーキングすれば、他のことに集中できるようになる。」
クローゼ選手はこれを実践して調子を取り戻し、2005-06シーズンにはドイツリーグの得点王に、さらに2006年のW杯では、5点を決めて大会の得点王に輝いた。のちにクローゼ選手は、「メンタルトレーナーのおかげで試合に集中できるようになった」と感謝の言葉を贈ったという。

“パーキング”は、試合中にミスを犯した後の気持ちの切り替えに使っている選手が多いと聞く。
たったそれだけのことかと思う人もいるかもしれない。しかし、スポーツの一流選手には繊細な人は多く、繊細だからこそトップに上り詰めることができたという人も少なくない。だから、ミスをした後に心理的ショックを引きずってしまうことが課題だと語る選手もたくさん見てきた。どうすれば気持ちをうまく切り替えられるのか? ということは、スポーツ選手からトップパフォーマンスを引き出すために、コーチにとっても避けて通れない重要なテーマだったはずで、様々な方法が試されてきたはずだ。
だから、実績のあるこのような手法は、我々人材開発に携わる者にとっても、大いに活用すべきだろう。

ところで、メンタルが安定した大坂なおみ選手のインタビューを聞いていて、私が最も感銘を受けたのは、「自分に期待し過ぎないようにしている。」という言葉だ。
これは少し解説が必要かも知れない。彼女は、これまでは、「自分なら相手に勝てる、勝てるはず」と思い過ぎていて力が入っていたし、緊張して自身のメンタルがコントロールできなくなっていた、と言う。
しかし、相手だって、自分と同じように、ここまでものすごく練習してきて、この試合に臨んでいる。そう思うと、相手を自然にリスペクトできるようになり、そして、自分に集中できるようになったのだと言うのだ。
彼女のコメントは、とても自然体で、自分ができることだけに集中できていることが伺えるような言葉ばかりだった。
「もう、相手のランキングや年齢、勝つべき相手かどうかなどは考えないようにしているの。」
「相手が誰だろうと、勝つために戦うことに変わりはない。余計なことを考えると、精神面に影響を及ぼすことになるから。」
「勝っても負けても、ポジティブな姿勢をキープするという目標ができている。」

サーシャコーチも、「全ては心から始まり、体はそれについてくる」という彼の信念を語っていた。

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 75:心揺さぶられたロシアW杯MVPのクロアチアのモドリッチ選手のプレイ
サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 77:サッカー選手から学ぶ働き方改革