コラム

2018.12.03(月) コラム

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 78:ホームレスをゼロにしたいのではない、社会を変えたい、失敗してもいい社会を作りたい

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発(松村卓朗)】
第78回 ホームレスをゼロにしたいのではない、社会を変えたい、失敗してもいい社会を作りたい~ウーマン・オブ・ザ・イヤーの川口加奈さんとホームレス・サッカーワールドカップの話をした~

つい先日、「日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー」の授賞式に出席させていただいた受賞者の皆さんは、今年最も活躍したとされる錚々たる女性の面々で、一人ひとりの活動内容やコメントを聞いて、大いに刺激を受けた。
大賞をとったのは中村朱美さんで、「1日100食、ランチ営業のみ」の営業形態で、従業員全員が残業なしで帰る働き方を実現するステーキ丼専門店「佰食屋」のオーナー。あえて儲けを追求せず、短時間でも働きがいを持てる営業形態が、育児や介護などの事情を抱えた人でも細く長く働ける「人生100年時代の新たな事業モデル」として注目を浴びているということだ。
特別賞は、平昌五輪で金メダルを取ったスピードスケートの小平奈緒さんだった。
その他、「おっさんずラブ」という番組を作った貴島彩理さん、英文での日本の発信力を高めたいとジャパンタイムズを買収した末松弥奈子さんなど、とても輝いている女性だった。
授賞式に呼んでいただいた、カンボジアとインドの児童買春撲滅に活動してきた、かものはしの村田紗耶香さんは、13年前に史上最年少で受賞して以来、2度目の受賞ということだ。心からお祝いを申し上げたいし、尊敬して止まない彼女のご活躍を、今後も微力ながらご支援していきたいと思った。

受賞者達との懇親会の場があったので、今年の受賞者の中でも、とりわけ気になった、川口加奈さんに話しかけてみた。
川口さんは現在27歳ということだが、彼女のこれまでの活躍のストーリーを聞いて、しばらく言葉が出なかった。

ホームレス問題に出会ったのは、14歳ということだ。正直ボランティアなど偽善だと思っていたという。中学2年の冬、興味本位で炊き出しボランティアへ参加したところ、温かいおにぎり1個をもらうために、何十人というホームレスが列をなしていたのにひるんだらしい。川口さんに対して、ボランティアのスタッフが言った言葉が胸を突いた。「もう3時間もの間、おっちゃんたちはこのたった一つのおにぎりを待っていたの。それを、孫みたいな年齢のあなたから受け取るおっちゃんの気持ちを考えて渡してね」。
おにぎりを渡すのみならず、冬でも穴の開いたボロボロのTシャツを着て震えているホームレスに、昨日お母さんに買ってもらったばかりのコートを渡そうと思ったそうだが、後ろのホームレスも、そのまた後ろのホームレスも震えているので、何かを渡せば解決できるものではないと無力感を感じたというのが原体験だという。
ホームレスについて調べ始めた当初は、「ちゃんと勉強をしていれば、ホームレスになんてならずに済んだのでは?結局は頑張らなかった人がなるものであり、自己責任なのでは?」と思っていたという。しかし、ほとんどの場合は小さいころから貧困家庭に育ち、勉強よりも食いぶちを稼ぐことに精いっぱいで、小学校もろくに通えなかったというケースも少なくないということを知り、考え方を変えるようになる。

NPO法人「Homedoor」を立ち上げたのは、大学2年になった19歳のときだ。電車のホームからの転落防止柵(=ホームドア)のように、人生というホームから転落しないように最後の防止柵になりたい、そして誰もがただいまと言えるような温かいホームへの入口になれるようにとの想いを込めたのだと言う。
ただ、大学時代限定のNPOだと考えていたらしい。
しかし、「あなたは社会に良さそうなことをしたいんですか?それとも、社会を変えたいんですか?」と言われ、はっとさせられたと言うのだ。
そして、現在は「HUBchari」というシェアサイクルビジネスや、年間1億3000万本も使い捨てされるビニール傘のリメイク「HUBgasa」で、ホームレスの人たちの仕事づくりをしている。こうした活動が、ウーマン・オブ・ザ・イヤーの受賞理由につながっている。

「HUBchari」というビジネスを聞いて、とても感銘を受けた。
ホームレスの人の仕事の一つに、廃品回収があるが、自転車やリアカーに何キロもの荷物を載せて歩くため、自転車が壊れることも多いので、自然と修理の技が身についたというホームレスは多い。しかし、「自転車修理」は既存の業者がすでに多数存在するうえ、「ホームレスの人が修理した自転車」という支援目的で購入されるようでは、ホームレスの人はいつまでも「支援される人」であり、自立は促せない。
そこで、「シェアサイクル」だ。街中に自転車の貸出拠点を設置し、利用者がどこでも借りて、どこでも返却できる新しい交通手段として、近年日本でも徐々に普及しつつある。特に大阪では放置自転車が問題視されていて、それらの解決にもなるシェアサイクルサービスが実施できれば、利用者にとっても「便利だから使っていたら、いつの間にかホームレス支援になっていた」というサービスの形が作れる。これならば、すべての課題がクリアになる、と確信したのだという。

何か共通の話題はないか考えてみたが、私はホームレスについてはほとんど知識がなかった(これを機に調べてみようと思ったが)。そう言えばと、唯一思い浮かんだのが、「ホームレスワールドカップ」日本代表(野武士ジャパン)との対戦経験だ。
彼ら野武士ジャパンの面々との対戦経験は、私の人生にとっても大きな影響を与えた出来事の一つだ。家すら確保できていない人達が、W杯に出るために海外遠征するという事実に衝撃を受けたし、W杯に出るための最大のハードルは、戸籍の確保だったと聞いて言葉を失ったし、職や家を失うことよりも社会とのつながり、そして希望を失うことが、ホームレスが“ホープレス”になる瞬間だと気づき、社会とのつながりや社会とのつながりを回復するために、サッカーができることの大きさ・可能性に深く気づくことができたきっかけを与えてくれたものだった。
(第14回「サッカーの拡がりの大きさに驚く~野武士ジャパンから考えた循環」 参照)

川口さんも、ホームレスワールドカップはもちろん知っているとのことだった。
ホームレスワールドカップの提唱者、ヤング氏が来日したときにも接触があったようだ。
川口さんが発する言葉で、とても印象的な言葉があった。
「自分は、ホームレスをゼロにしたいのではないんです。失敗してもいい社会を作りたいんです。」

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