コラム

2019.04.01(月) コラム

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 82:中川政七商店の元社長が乗り出した、JFL奈良クラブの挑戦

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発:松村卓朗】
第82回:中川政七商店の元社長が乗り出した、JFL奈良クラブの挑戦 ~伝統工芸を復活させた「学びの型」で、サッカーチームを強くし、奈良を活性化させる~

Jリーグの経営と、経営者達が熱い。

異分野の経営者がJリーグの経営に乗り出して、話題を振りまき、そして、チームを強くして経営も軌道に乗せて、さらに話題を提供する。昨今、そんなケースが相次いでいる。

その筆頭は、V・ファーレン長崎だろう。長崎県佐世保市に本社を置くジャパネットが、2009年からV・ファーレンのスポンサーとなっていたが、2015年にはジャパネットの経営を息子に譲って、クラブを完全子会社化したばかりか、高田明氏自身が社長となって経営に乗り出した。2017年には、J2(2部リーグ)昇格から5年目にして初のJ1(1部リーグ)昇格を成し遂げた。

鹿児島ユナイテッドFCの経営も脚光を浴びている。社長の徳重さんとは、かつて草サッカーで、チームメイトとして何度か一緒にプレイした縁がある。彼は、世界的な監査法人であるデロイト・トゥシュ・トーマツで公認会計士として活躍していたが、地元にプロチームを作りたい一心で独立し、故郷の鹿児島に戻って2014年にFC鹿児島を設立した。今シーズンからは、J2に昇格して戦っている。

そして、今とても注目を集めているのが、Jリーグ入りを目指すJFL(日本フットボールリーグ)で戦う奈良クラブだ。中川政七商店の会長が代表取締役社長に就任し、「奈良のブランディング」のために、かねてよりスポンサーを務めていた奈良クラブというサッカークラブの経営に乗り出したのは、昨年末だ。

ちなみに、中川政七商店というのは、1716年創業で300年以上続く、奈良ふきんなどの伝統工芸の老舗だ。彼が2008年に十三代社長に就いてからは、工芸業界初となる製造小売業態(SPA)を導入し、業界の発想を根本から変えたと言われるばかりか、最近ではGIZA SIXなどにも出店し、日本各地の地域再生のコンサルティング業にも乗り出し、成功例を生み出し続けているようだ。

その彼が、そもそもなぜ、サッカーの世界の経営に関心を持ったのか、今回の稿で掘り下げてみたいと思った。調べてみると、奈良を盛り上げるためにサッカーが欠かせないと考えたようだ。

まず、彼は、サッカーの良さは間口が広いところにあると、次のように言っている。

「“工芸”と言って反応してくれるのは10人に1人でしょうが、“サッカー”なら5人は興味を持ってくれる。」
(「footballista」 2018.12.3)

次に、奈良には実はコンテンツがないことを憂いており、コンテンツとしてのサッカーの魅力の必要性を語っている。

「奈良はそもそも放っておいても観光客がたくさん来ます。しかし、歴史遺産と鹿を除いて他に良質なコンテンツがどれだけあるかというと、実はあまりない。結局、地域に人が来てくれるのは良いコンテンツがあるから。良いコンテンツをもっと増やすことが奈良のブランディングにつながると考えています。
地域ブランディングというと、田舎には良いものがいっぱいあるのに、それが伝わらない――つまりコミュニケーションの問題だと考えがちですが、本当の問題は良いコンテンツがないことなんです。」
(日経XTrend 2018.11.26 「急成長雑貨店 中川政七商店会長が、サッカービジネスへ電撃転身」)

さらに、そのコンテンツは単発では意味がなく、地域全体として一体とならなければ意味がないことを、次のように説いている。

「奈良も含めた地方の工芸産地に、コンサルタントとして関わってきました。
そこで感じたのは、場所を統合して、一貫生産する大切さでした。
例えば、“波佐見焼”の窯元が続いていくためには、窯元が使う型を作る、型屋も存続しなくてはなりません。全工程の一部が欠けると、その工芸全体が存続の危機に陥るのです。
だから、すべての工程に関わる組織の場所的統合をして、一貫生産をした方が、そうしたリスクが低くなります。
ただ、工芸のためだけに、わざわざ地方を訪れる観光客は多くありません。
おいしい地元野菜を使ったレストランや、いい宿があって、初めて人が来ます。工芸を存続するには、工芸にとどまらず、それ以外の分野も活性化すべきです。
中川政七商店時代は、工芸の部分を盛り上げてきましたが、今後はそれ以外の分野にも関わりたいです。」
(NewsPicks 2018.11.26 「中川政七商店元社長が、サッカークラブ代表になる理由」)

そして、自身が携わることでチームを強くできる理由として、自分ならサッカーの世界に「“学びの型”を導入できる」ことを強調している。

「私は、勉強も、仕事も、サッカーも、できるようになるプロセスの構造は一緒だと思っています。私はその構造を「学びの型」と呼んでいます。
サッカー選手の多くが、その「学びの型」を身につけられていないのです。
奈良クラブに限らず、日本のサッカー界全体の課題として、体系を持たずに試合に臨んでいることが挙げられます。
伸びる人とそうじゃない人がいる。伸びないのはなぜかと考えると、“学びの型”がないからだと思う。学びの型とはどういうことかというと、例えば“現状把握”。自分が今、どの位置にいて、何が足りないかを知ることから始まるわけです。

次に、例えば“体系化”。1から100までたくさん覚えなければいけないとして、バラバラに勉強していたら、何が足りないのかを知ることすら、ものすごく時間がかかる。でも、「これらは3つのグループに大別できますよ」「それぞれのグループにはこういう要素がありますよ」と体系化してあげると、学ぶ側からすると効率が全然違ってきますよね。他にもいろいろありますが、現状把握や体系化が僕の言う学びの型です。
(「さんち~工芸と探訪」 2019 .1.4)

彼は、まずは奈良クラブのビジョンから見直したという。彼が社長に就任するや否や打ち出した新しいビジョンは、「サッカーを変える 人を変える 奈良を変える」だ。変わるためには、変わったときの姿を習得しないといけないから、これがつまり学びなのだと言う。

サッカーの世界に学びの型をもたらすために、まだ23歳の林舞輝さんという人が中心になってその方法を考えているという。林氏は、中学校までは選手をしていたが、高校からコーチの道に進み、卒業後はイギリスの大学でサッカーに関する勉強をしたという。モウリーニョ監督の私塾のコーチ学校を、アジア人で初めて卒業したということで、名前だけは聞いたことがある。「日本では、まだまだ少ない、思考や哲学を持ってサッカーの構造を作れる人だ」と、中川氏は語る。

伝統工芸の世界で、何百年も続く昔ながらのやり方を変えてきたのは、彼が言うところの「学びの型」の導入なのだろう。異色の経営者が、サッカーの世界に学びの型をもたらすと言う。その型は、いろんな分野に応用可能だろう。本当に楽しみだ。

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