Web版 組織開発ハンドブック
ソーシャル組織開発
コロナで後退する人間開発指数と「反貧困教育」
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新型コロナがSDGsに与えた影響は?
昨年(2020年)5月に、弊社(PFC)が共催している「グローバル・エンゲージメント・イニシアチブ有志会」で『コロナでステークホルダー資本主義はどうなる?』というテーマの緊急公開対談会をオンラインで行った。モデレーターを務めることとなった自分は当時、企業はどこも自社のサバイバルに必死で、他のステークホルダーのことなど考える余裕がなくなるのではないか、それ故SDGs(国連が定めた持続可能な開発目標)は大幅に後退してしまうのではないかと、気をもんでいた。
しかし、パネリストの銭谷美幸さんは、ロックダウンで空気がきれいになることのありがたさを実感した人々は環境問題に目覚めるのではないかとコメントされ、もう一人のパネリストの渋澤健さんは「SDGsは達成できるかどうかを問うのではなく、達成するために行動あるのみだ」と力強く述べられ、両名とも悲観はしておられなかった。
実際、その後、欧州では、ポストコロナ経済復興策としてグリーンリカバリー(環境対策の重点投資や産業構造変換)を掲げ、環境対策を加速化させようとしている。アメリカではバイデン政権が誕生し、脱炭素に向けて一気に舵を切ったのは周知のこと。そして、日本でも菅政権が脱炭素宣言を行ったことをきっかけに、せきを切ったかのごとく日本企業も続々と同様の宣言ないしは対策を打ち出している。実際、投資信託とETFによる2020年の1-11月のサステナブル投資は前年同時期より96%も増えたそうである。それでも温度上昇を2度もしくは1.5度以内に抑えるというパリ協定を実現できるかは全く楽観できないが、とにかくSDGsの目標13「気候変動に具体的対策を」は前進していることは確かであろう。
一方、気候変動問題以外のSDGsについてはどうか。教育の機会を奪われた子供たち、滞るコロナ以外の感染症対策、支援物資が届かなくなった地域での飢餓と栄養失調、広がる格差と貧困問題など、多くの目標が後退してしまった。国連開発計画(UNDP)は、コロナ禍によって人間開発指数(世界の教育、健康、生活水準を総合した尺度)が、測定を開始した1990年以来、初めて減少する可能性があると予測している。いわば人類社会が退化するようなものだから衝撃を覚える。そして、PFCはピープル(人間)にフォーカスするコンサルティングファームなのだから、人間開発指数の後退は見過ごしてはならない問題だ。
日本で進む相対的貧困問題
なお、貧困問題だが、貧困には「絶対的貧困」と「相対的貧困」の2種類がある。SDGsの目標1「貧困をなくそう」の中で、ターゲット1.1は「2030年までに、現在1日1.25ドル未満で生活する人々と定義されている極度の貧困をあらゆる場所で終わらせる」とあり、これは「絶対的貧困」をなくすことを目指している。この種の貧困は、日本人にとっては縁遠い話と思われがちだが、「相対的貧困」の尺度を用いると、日本もなかなかの貧困大国なのである。
相対的貧困とは「世帯の所得がその国における等価可処分所得の中央値の半分に満たない状態にあること」と定義され、その国の格差問題に関する1つの指標である。よく引き合いに出るデータは、OECDが2017年に発表した、2014年における相対的貧困率の国際比較であるが、それによると、G7の中で日本の相対的貧困率は15.7%とアメリカに次いで2番目に高い。かつて日本は1億総中流といわれていた時代もあったのに、いつの間にか、格差社会に転じてしまったのである。ちなみに、この問題は、SDGsにおいてはターゲット1.2の「2030年までに、各国定義によるあらゆる次元の貧困状態にある、全ての年齢の男性、女性、子供の割合を半減させる」に該当する。
そこに襲ったのがコロナ危機である。歴史に残る大惨事だというのに、資本市場は大活況で、富裕層は益々豊かになっている。一方、非正規社員は仕事を失ったりして経済的に厳しい局面に見舞われている。格差は開くばかりだ。さらにはステイホームで家庭内の虐待も増えているときく。何よりも、女性の自殺件数が増えていることが脆弱な立場の人々の苦境を物語っている。相対的貧困率のデータがいつ最新のものに更新されるのかわからないが、米国でバイデン政権によるコロナ対策としての巨額の家計支援策が実行されれば、日本の貧困率が米国を抜くかもしれないのではないか。
人材育成こそが解
貧困や虐待は連鎖するといわれている。つまり、貧困家庭に育った子供は貧困から抜け出せなく、固定化していってしまう。そんなことを考えている最中にたまたま観たNHKの番組に光明を見た。1月25日放映の「逆転人生『貧困の連鎖を断て!西成高校の挑戦』」である。貧困世帯の子供たちが多く通う西成高校では、完全に学級崩壊状態だったのだが、先生たちの献身的な指導と支援ならびに「反貧困学習」なるカリキュラムにより、子供たちが前を向いて歩み出し、最後には全員が就職内定を勝ち取る様に心から感動した。
ESGのS、つまり社会問題においては、やはり教育の力が何よりも大事であることを再認識した。海外では、企業が、貧困地域の人々に職業訓練やリ・スキリングのサービスを提供し、自社の採用につなげていく取組みの事例が多数ある。翻って日本では、PFCが2019年に国内トップ100社のSDGs取組み状況を調査したとき、目標1「貧困をなくそう」を扱っている社数は17の目標の中で一番低かった。
貧困問題は企業には関係のないことと考えられているのだろうか。しかし、貧困や格差の解消が市場の拡大ひいては企業の持続可能性につながるはずである。日本の企業で人材関連の仕事をしている人たちも、自社の従業員のことだけではなく、社会の人々に対してできることに目を向けようではないか。