コラム

2011.03.01(火) コラム

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 4:グローバルに活躍する人材を育てる(下)

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発(松村卓朗)】
第4回:グローバルに活躍する人材を育てる(下)

(2)国境を越えるだけではなく、「どれだけ自分の枠を超えられるか」

前回は、グローバルに活躍する人材(上)と称して、グローバルに活躍するフットボーラー達は、日本それから世界という二段構えではなく、「どこにいてもいきなり世界基準を判断基準にしている」というメンタリティを持っていることについて述べた。今回は、国境を越えるとともに、「自分の枠を超える」というメンタリティについて述べたい。
2010年のW杯日本代表の中心選手だった本田圭祐選手は、Jリーグで活躍した後、2007年からオランダリーグに、そして一昨年からはロシアリーグに在籍している。彼は、私の知る限り、これまで海外に出て行った日本人選手達ではなしえなかった、特筆すべきことをやってのけている。それは、オランダ時代に、所属チームがリーグ(2部)で優勝し、自身も年間MVPとなる大活躍を果たしたが、そのことそのものではない。それならば既に一足前に2006年シーズンに中村俊輔選手が、スコットランドリーグで所属チームの優勝と自身の年間MVPを獲得している。
本田選手が海外に出て行った日本人選手ではじめてやってのけたこととは、その優勝したシーズンに、チームのキャプテンを務めているということだ。それは彼が、プレイヤーとしての貢献のみならず、“チームをまとめる貢献”をしたということであり、貢献に留まらず、優勝に“導く役割”を果たしたということだ。そもそも貢献や役割に言及する前に、キャプテンを任されるということは、多国籍な選手で構成されるチームの“リーダーとして”監督やチームメイトから厚い信頼を得た証であり、そのことそのものがこれまでの日本人選手達と一線を画することだと思う。
しかし、彼も日本から移籍した当初は、プレイスタイルの違いなどから戸惑うことが多く、力を発揮できなかったと言う。本来の力を発揮し、試合で結果を出せるようになり、優勝という結果を残すまで導けた最大の要因は、周囲との関係を構築できたことだったそうだ。日本で培ってきた価値観やアプローチのみに固執せず、プレイやコミュニケーションのスタイルを柔軟に適合させることによって、成果を産み出すことのできる関係が構築できたと言う。一流のプロ選手同士のコミュニケーションというのは、ある意味、これまで培ってきたもの同士のぶつかりあいといってよいだろう。世界から集まってきている集団ならさらに価値観の違いは幅も広く、コミュニケーションの難しさもJリーグのチームとは比較にならないものだったのではないか。本田選手も、相当自我と自らの考え方に対するこだわり、さらには負けん気も強い個性の持ち主だ。そのような彼が、自分自身の「枠」を超える、即ち、これまで培ってきた考え方ややり方を変えることを厭わない、“創造的破壊”とでもいえるような姿勢が、成果のあがるコミュニケーションには欠かせなかった、と語っていたのが印象に残っている。さらに自分の枠に留まらず、自分が苦労したコミュニケーションで苦労するチームメイトを支援し、チーム内のコミュニケーションをさらに円滑にするために、リーダーシップを発揮しようとしたのだと言う。
日本代表に選ばれるような選手達は、小学校・中学校・高校時代はキャプテンをしてきたような選手達ばかりだ。プロになってからも所属チームのキャプテンを務めている選手も少なからずいる。それでも、海外のチームではこれまでなかなかキャプテンを務める日本人プレイヤーが出てこなかったという事実は、実は、日本人がグローバルな環境でリーダーシップを発揮していこうとする上で、見過ごせない課題や示唆を提供するものかもしれないと考えた。


そもそも、リーダーの基準、リーダーに求められる要素、信頼されるリーダーの条件といったものが日本と海外で異なっているように思う。海外のチームでは、本田選手が発揮したような、これまで自分が培ってきた考え方をベースとしながらも、自分自身の枠を超える姿勢でのコミュニケーションを行い、周囲にもそれを促せることがキャプテンには欠かせないのではないだろうか。日本では、キャプテンに求められるものは、(私の学生時代の経験則や観察に基づくもので恐縮だが)「サッカーの技術」が何より一番だ。性格や人間性などの十分条件も当然求められたと思うが、サッカーの技術が必要条件として圧倒的なウエイトを占めていた。サッカーが“一番”うまくないと、リーダーになりづらいし、リーダーシップを発揮しにくいという空気がチームにあったように思う。
企業の現場でも、これと似たようなことを感じることが多い。日本企業では、リーダーはその業務が一番できる人、という認識を多くの人が抱いているようだ。ある調査の国際比較では、「マネジャーは、その業務そのものに精通していないとマネジメントなどできない」と考える人の割合が、日本人では8割近くにものぼり、他国のマネジャーに求められるものの考え方とのギャップが大きくクローズアップされていた。一方でスウェーデンなどでは2割にも満たず、このような考え方は日本が突出しているようだ。
先日、海外の合弁会社から開発の仕事を終えて戻ってきたA社の技術者から、次のような話を聞いた。『自分が過ごした合弁会社は今までとは全く違う文化だった。1社の中で仕事をしていれば暗黙の了解で通る話も、一から会話をしないと始まらない。開発期間のほとんどは海外で暮らしたので、会社の文化の違いに加え、言語や国を超えたコミュニケーションも必要になった。技術者とは、良く言えば「自分の世界を構築する」人で、そこに楽しみがあって仕事をしている人が多いが、悪く言えば「ひきこもりがち」な人で、それでよしと考えている人も多い。自分もそうだった。ところが異なる文化や言語の人たちとチームを組むとなると事情は全く違った。自分の考えややったことなどを積極的にコミュニケーションしていかないと、自分のやりたい方向に全体を引っ張ることができない。出向前の自分も技術者の枠にとらわれていた。それが必要性に迫られて枠を超えざるをえなくなった。組織を超えて国境を越えて仕事をするということは、コミュニケーションに対する自分の枠を超えることだと認識した。また、リーダーというのは、業務に精通し、技術を持っているという人ではなく、異文化間でのコミュニケーションの重要性を認識し、そのような環境でコミュニケーションを通じて成果を産み出せる人だと分かった。』
我々PFCでは、「リーダー」と「グローバルリーダー」とで、本質的な違いは、グローバルリーダーは環境がグローバルなので、「国や文化を超えた人々を束ね」て変革や革新を実現するために、「多様性を受容しつつ、自分の価値観を伝達・浸透」することが一層求められることにあると考えている。
国境を越えて仕事をする際、国境という国の境目の違いを越えた後は、さらに、価値観や文化、仕事の進め方・考え方、仕事仲間との接し方といった様々な境目の違いを乗り越えていかなくてはならない。自分の価値観や考え方をベースに持ちながらも、一方で、自分の価値観や考え方がどんなに正しいと思っても、環境に合わせた柔軟な対応が必須だ。柔軟な対応ができなければ、成果を産み出せないことが多いからだ。自分の価値観や考え方がこの環境においても正しいかどうかから疑ってみる姿勢によって、考えや価値観の幅も広がり、柔軟性を獲得していくのだろう。たとえ経験が豊富で、能力も優れていても、これまでの自分のスタイルとアプローチに拘り、自分自身がこれまで培ってきた枠の中でしか物事を進めようとしなければ、大きな成果を得ることはできない。グローバル人材として活躍するためには、国境を越えるとともに自分の枠を超えようとする意識と意思が欠かせないと思う。
元日本代表監督のオシムは、最近のあるインタビューで、遠藤選手や中村俊輔選手といった、日本を代表する技術と経験と実績を有す選手に対して、次のようなメッセージを発している。(NUMBER 3月10日号)「ふたりとは代表監督をやっていたときにも直接話す機会はなかった。遠藤や中村俊輔は、いまだに現役で最高クラスの選手たちだ。彼らがその立場を享受するのは当然だが、それでも違う考え方を少しずつ受け入れて欲しかった。サッカーの考え方を変えていく。彼らならそれができるはずだし、自分を変革することも必要だ。今からでも遅くはないと思うから、ずっと私は言い続けているし、これからも言うだろう。俊輔なら、ちょっと自分を変えるだけで、今すぐに日本代表に復帰し中心になれる。遠藤も、ワールドクラスのミッドフィルダーになれる。彼らには、勇気を持って自分を変えてほしい。」
ところでサッカーの日本代表監督は、新たにザッケローニが就任した。これまでのところ、アジアカップで優勝するなど順調な船出だが、この外国人監督が成功するか否かは、まだ分からない。代表でも海外でも日本でも幾多の監督の元でプレイしてきた三浦カズ選手は、「人が異文化に出たときに失敗する理由の一つは、前の地での成功体験をそのまま持ち込むこと」で、外国人監督も「日本には日本に合わせた指導があり、特性を見極めないとうまくいかない」と言っている。 次回は、サッカーにおける「日本人を指導する」というテーマで考えてみて、見えてくる日本や日本人に対する洞察を語りたいと思う。

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 3:グローバルに活躍する人材を育てる(上)
サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 5:日本人を指導する-部活とスポーツ