コラム
2015.05.07(木) コラム
サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 43:サッカーのゲームには「ハブ」がある
【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発(松村卓朗)】
第43回: サッカーのゲームには「ハブ」がある
今年も「GIAリーダー」プログラムが始まった。これからの時代に求められる新興国で活躍できるグローバルリーダーを育成するプログラムだ。
まだ日本国内でのセッションで、新興国でビジネスの心構えや成功の肝を学ぶ段階だが、7月には日本人のリーダーをスリランカへ送る。
ところで、「なぜスリランカなのか」という問いをこれまでよく受けた。これからの時代のリーダーには、「この国に対して、自身の本業を通じてどのような貢献ができるか」を考え抜く経験が欠かせないと考えており、そのような体験をするのにとても適した国だからだ、と答えてきた。
スリランカは、30階を超えるビルが立ち並ぶコロンボのような大都市もあれば、田舎に行けば電気もいまだ通っていない所もあり、また、5年前まで20年近く内戦が続いていたこともあって壊滅状態から復興を遂げようとしている地域もある。まさに新興国の縮図のような国なのだ。北海道の面積で2000万人しかいない小さな国なので、「この国に対して何ができるか」を考え抜く「レッスン」にはちょうどよいサイズと言える。中国やインドでは、大きすぎてとても考えられない。その上、仏教中心国で親日国でもあるので、日本人にとっては、とても与し易い国と言えるのだ。
ところが、このように説明しても、「スリランカ自体には関心がない、中国やインドへの派遣なら考えるのだが」、と言われ続けてきた。
しかし、最近になって、スリランカ自体の地政学上の重要性がとみに大きくなっているのだ。インドに進出する日本企業は増加の一途で、例えば昨年は日本企業の投資先としてインドネシアに次ぐ人気だったが、インドへの進出は難しい、あまりうまくいかないという声をよく聞く。日本とは文化が大きく異なる上に宗教も違うために、日本企業は適応に苦労しているようだ。
そのことをスリランカ人に伝えると、「だから、スリランカを拠点にしてインド進出を図る、という発想をなぜ日本人は持たないのか」と諭された。「グローバル企業の多くは、香港を拠点にして中国への進出を図ったし、シンガポールを拠点にして東南アジアへの進出を図ったではないか」と。スリランカを、「南アジア進出の『ハブ』と考えろ」と言うのだ。南アジアは26億人の人口を有し、これからの発展が期待される新興国を多く抱える地域であり、まさに進出の足掛かりを求める日本企業は、これからあとを絶たないはずだ。
「ハブ」という発想をするだけで、とても大きな広がりや期待が持てるのではないだろうか。
さて、サッカーのゲームにも “ハブ”がある。
サッカーでは、試合をコントロールしている中心的な選手を指す言葉としてもともと「司令塔」という言葉が使われる。最近、ネットワーク理論を研究している学者が、サッカーの指令塔を研究して、ネットワーク理論をもとにサッカーの「ハブ」の考察を行ったというので、調べてみた。
(「原題 Common and Unique Network Dynamics in Football Games」山本裕二・名古屋大学総合保健体育科学センター 教授および横山慶子・日本学術振興会 特別研究員)
ネットワーク理論というのは、web ページのリンク数のようなものを想像すると分かりやすいと思うが、いくつかの限られたページだけが非常に多くのリンクを持っていて、逆にリンクの少ないページが数多くあるという現象にまつわる理論のようだ。web ページだけに留まらず、社会現象から遺伝子ネットワークまで様々なレベルで同じような現象が報告されているという。
もともと、ハブとは自転車などの車輪の中心を意味する言葉で、数学的には、「ネットワークの中で数多くの辺を有する、次数が高い頂点」のことを指すらしい。
ハブは、それが存在するネットワークの構造を支配する存在だ。そして、そのネットワークを「小さな世界」にするという。例えば、地球上でランダムに選ばれた二人の人物の隔たりは平均すると6だが、ハブとなる人と任意の人物との隔たりは1か2でしかないことが多いということだ。あるいは同様に、ウェブ上の任意の二つのページは19クリック離れているが、巨大なハブであるYahoo.comは、ほとんどのウェブページから2ないし3クリックの距離にある。「ハブの目から見れば、世界は実に狭い」ということのようだ。
この論文では、私が理解したところによれば、次のようなことが分かったということのようだ。
・「サッカーの試合においてはボールに多く触れる選手とあまり触れない選手がいて、その分布は正規分布ではなく冪乗則(べき則)が成り立つ。」
つまり、ハブと呼ばれるパスを回す中心選手がいるということだ。
それはそうだろう。サッカーには、やはりパス回しの中心となる司令塔が存在することが、理論的に証明されたということだ。しかし、ならば、ハブを狙いうちにすれば、勝てるのではないかという気がしてくる。ハブ空港だって攻撃には弱く、標的にされるととたんに全体のシステムが機能しなくなるはずだ。
・「ハブ(ボールに多く触れる選手)は試合の中で切り替わる」
なるほど、やはり、一人が狙い撃ちされ機能しなくなるようでは試合にならないということだ。ハブとなる選手は試合経過によって切り替る、即ち一試合の中で複数の選手がハブとなっていることが分かったという。サッカーのゲームでは、相手からの攻撃を避けながら相手を攻めるということを、何ともダイナミックに解決しているということなのだ。
強いチームは、ハブが機能不全に陥った場合に異なるハブが台頭する仕組み備えているとも言える。
・「ハブとなる選手を中心にして三角形を作り出した回数が多いほど、シュートまで結びつけた攻撃の回数が多くなる」
コンパクトに保つためにはハブの存在が必要不可欠ということが科学的に明らかになったということだ。ハブの存在は隔たりを小さくし、スモールフィールドを作り出す。確かに、ディフェンダーからフォワードまでの距離は直接的には遠いが、ハブを介せば両者ともに一次の隔たりに過ぎない。サッカーでは「コンパクトにする」という言葉がよく使われるが、コンパクトに保ってボール支配率を高めるためには、ネットワーク理論に則ればその肝としてハブの存在があるということだ。
「ハブ」という発想でサッカーも捉えると、実にダイナミックに見えるようになるので、とても興味深い。
冒頭には、スリランカを「ハブ」として南アジアへの進出を考えるという発想を紹介したが、同じように海外進出もよりダイナミックに見えてくるようになるのではないかと思う。
今年度のGIAリーダー達にも、一層ダイナミックな視点でスリランカを考察することを期待したい。今年の参加者は実にバラエティに富んでいる。大企業から、NGOから、既に実際にスリランカでビジネスを行っている企業から、あるいは弁護士の参加まである。彼らの、そしてまた、現地のネットワークとの連携や協力によって、どのような化学反応や新たな発想が生まれるか、ととても楽しみだ。
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