コラム

2017.09.01(金) コラム

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 66:W杯出場を決めた日本代表ハリルホジッチ監督、試合前に読書する監督の哲学

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発(松村卓朗)】
第66回 W杯出場を決めた日本代表ハリルホジッチ監督、試合前に読書する監督の哲学~“デュエル”(個の決闘)に勝ってはじめてチームに貢献できる~

2017年8月31日、サッカー日本代表は、6回連続となるW杯出場を決めた。しかも、これまでW杯予選では7回戦って一度も勝ったことのないオーストラリアを相手に、2-0で完勝した素晴らしい試合運びで、感激もひとしおだった。ここで負ければ、来週アウェイに移動してサウジアラビアとの砂漠での決戦となり、結果次第ではW杯出場を逃す可能性も出てくるという状況だったので、私も緊張から一気に解き放たれて、この原稿を書いている。

前回ブラジルW杯の前には、歴代のサッカー日本代表監督に関する本を出した。「勝利のチームマネジメント」というタイトルだ。歴代の監督一人ひとりのリーダーシップやチーム作りに焦点を当て、人材開発や組織開発の参考にするという内容の本だ。
現在代表監督を務めているハリルホジッチ監督のことは、もちろん何一つ触れていない。本を執筆して以来、その後の代表監督の情報については私も疎かった。W杯出場を決めた今、来年ロシアで開かれるW杯本選まで指揮をとることになるであろうこの監督について、その考え方や哲学を少し調べておこうと思い立った。
ハリルホジッチはボスニア出身で、現在はフランスに帰化している。前回のブラジル・W杯では、アルジェリアを率いてベスト16に導いた。かつて、フランスリーグでリールを率いた00-01シーズンには、フランスの年間最優秀監督に選ばれたこともあるようだ。

少し調べてみて、ハリルホジッチ監督の情報は、歴代の代表監督と比べて圧倒的に少ない印象を持った。よく分からないな、というのが実感だ。それでも、ハリルホジッチ監督が頻繁に使う言葉があったことは目を引いた。「Duel(デュエル=決闘)」という単語だ。サッカーでは、「1対1」の意味で使われているようだ。
ザッケローニ元監督も、「インテンシティー」という言葉を使って、プレイの強度や球際の強さを求めた。各人が個の戦いに勝ってこそチームに貢献できる、それが真のチームプレイだという考え方は、日本サッカーの歴史上、とても重要なことなのだ。
かつての日本のサッカーは、「世界を相手に個では勝てないから、チームプレイで戦う」という考え方に活路を見出していた。しかし、南アフリカW杯を目指した第2次岡田武史監督が、「なぜ最初から個では勝てないことを前提としたチームづくりをするのか」と“素人”の大学教授から問われ、頭を殴られたような衝撃を受けたことからこれまでの常識を一から覆し、「個でも勝てなければサッカーにならない」という考え方をとるようになった。この考え方は、それ以降、日本サッカーが世界で戦う際のベースを形成している。

ハリルホジッチ監督の根底にあるのも、デュエル(1対1の決闘)の強さだ。最終予選の開幕前のインタビューでも、この指揮官はデュエルの重要性について熱弁していた。(「サッカーダイジェスト」 2016年11月19日号)
「デュエルは絶対に伸ばさなければいけない要素です。そのためにはトレーニングしかありません。筋力を強化するには頭での理解も大事です。本気でデュエルを向上させる気があるのか。フィジカルとメンタル、両方からアプローチをすべきです。
球際という言葉は、日本ではルーズボールを取り合うようなイメージを持たれますが、相手のボールを《奪取する》、マイボールを奪いにきても《簡単に倒れない》、あっさりとボールを《失わない》など、すべてデュエルなのです。これを今後、サッカー協会としてきちんと発信していきます。」
さらに、デュエルの強さを改善できない場合、我々は「プレイできません」と断言までしていた。
「フットボール(サッカー)というスポーツはできますよ。でも、最終予選を突破できないか、本大会に進んだとしても、グループリーグで簡単に負けてしまうでしょうね。デュエルで勝てなければ、それなりの結果しか残せない。日本人選手には能力があります。でも、能力だけではダメなのです。」
そういう目で見てみれば、確かにW杯予選でも、華麗で創造的なプレイができる選手より、1:1で負けない強さを持った選手を招集し、そして起用していたように思う。

ところで、ハリルホジッチ監督の行動で、他の監督と明らかに違う点を見つけた。試合直前に本、しかも歴史書を開いて、読み始めるというのだ。試合直前に選手の前で読書をするという監督など、聞いたことがない。
その理由はこうだ。(「Number」2016年1月18日号)
「選手が(試合前の)ウォーミングアップをしているとき、私は一人でロッカールームの中にいて本を読んでいる。読書に集中することで、試合に集中する、そして自分を落ち着かせるという目的がある。自分に用意された部屋はあるが、ロッカーで選手がいても読むことにしている。」
「何故試合直前に、それも選手の前でかって? 自分のためでもある一方で選手たちに対するメッセージでもある。君たちも今、しっかりと集中して(心の)準備をしておくんだ、とね。これは以前から、やり続けていることでもある。」
読書は自分のためであり、選手へのメッセージでもある、ということだ。

ちなみに、岡田武史監督は南アフリカW杯の際、日本から、司馬遼太郎の歴史小説『坂の上の雲』など10冊ほどを持ち込んだと言っていた。しかし、彼は、思いのほか読み進めることはできなかったと語っていた。1ページ読むとすぐにサッカーのことが浮かんでしまう。目前に試合が控えているときに本を読もうとしても、やっぱり進まないものらしい。
しかし、ハリルホジッチは、試合の直前のロッカールームで読書をするというのだ。「準備はすべてやってきた、あとは君たちが実践するだけだ。」きっとそんな心境なのだ。彼が読書する姿から、そういったメッセージを選手達も受け取っているに違いない。

来年、ロシアW杯で日本代表が戦う姿を思うと、今から楽しみで仕方ない。
この楽しみが奪われなくて、本当によかった。

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