コラム

2017.10.02(月) コラム

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 67:日本サッカーと「リバース・イノベーション」

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発(松村卓朗)】
第67回 日本サッカーと「リバース・イノベーション」~途上国・新興国でこそ、世界に通用するイノベーションが生まれる~

ご存知のように、サッカー日本代表は先日、来年ロシアで開催されるW杯出場を決めた。その直後、懇意にしている出版編集者から、「前回のW杯のときに出版したように、今回もW杯に向けてまた本を書いてみないか」というお誘いを受けた。日本代表がW杯を決めて安堵の気持ちも束の間、4年前の出版に向けての徹夜続きの大変な日々が蘇って、躊躇が先に立った。
しかし、大変ありがたいことなので、本当に出版まで漕ぎつけることができるかどうかは別にして、そこで一つ、試しに原稿の一部を書いてみようと思った。今回のW杯に向けて私が本を書くなら、タイトルは「日本サッカーから学ぶグローバル組織開発・人材開発(仮題)」が有力候補だ。グローバルを舞台に戦う日本企業をいかにして強くするかをテーマに、世界と戦う日本サッカーを題材にして多くのヒントや示唆を届けたいという気持ちだ。
今回は、いま、グローバル企業に欠かせない「リバース・イノベーション」を取り上げたい。

リバース・イノベーションとは
「リバース・イノベーション」という概念をご存知だろうか。一言で言えば、イノベーションが途上国・新興国で生まれ、それが富裕国・先進国にも逆輸入されるということだ。
この概念が説かれるまでは、通常イノベーションとは、最先端の技術を持っている先進国が起こすものであり、新興国は先進国のおこぼれを享受する、つまり、先進国で少し古くなったものが安く提供できるようになってから新興国に伝わるものだ、と考えられてきた。
しかし、これからの時代、イノベーションは新興国でこそ生まれる、あるいは生み出すべきだという考え方がリバース・イノベーションだ。「新興国だからこその厳しい制約条件」をむしろ逆手に取って、先進国でも受け入れられるイノベーションを起こす。世界での展開を最初から視野に入れるからこそ、むしろ新興国でイノベーションを実現できるか否かが、グローバル企業の命運を握るのだ。

リバース・イノベーションについては既に様々な事例が紹介されているが、最も有名な事例の1つはGEの超音波診断機器だ。1990年代には、GEも米国や日本で開発した機器を中国市場で販売していたが、1台10万ドル~35万ドルもする高価なもので、かつ大型だったため、販売先はごく一部の大病院に限られていたという。
そこでGEが行ったことは、中国のローカルチームの活用によるイノベーションだ。医療の恩恵を地方にも広めようという中国政府の方針に従って増加し続ける地方の診療所向けに、パソコン程度の大きさのポータブル商品を開発した。その後手のひらに乗るサイズまで小型化された。
この製品は現地で大ヒットし、発売当初(2002年ごろ)には1台4万ドルしたものが、5年後(2007年ごろ)には1台1万5000ドルまで価格を下げられるようになった。その結果さらに売上が増えるという好循環を生んだ。
そして、面白いことに、このポータブル超音波診断機器が、今では日本やアメリカを筆頭に先進各国で非常に売れ行きが好調ということだ。グローバル市場全体では3億ドルを超える売上を達成したと推定されている。グローバル市場に拡販する際には、小規模診療所用途ではなく、救急車の車内搭載用や大病院の緊急処置室向けといった用途に開発されて販売されているそうだ。
価格やサイズなど、新興国の市場実態が課す制約を乗り越えるイノベーションを起こしたところ、それが先進国市場の潜在ニーズを喚起したということだ。

日本サッカーはリバース・イノベーション
さて、リバース・イノベーションの概念を知るにつけ、日本サッカーこそが実はリバース・イノベーションの極めていい事例であることに思い至った。
そもそも日本は、サッカーにおいては“新興国”だ。プロ化されて、つまりJリーグができてまだ20年ちょっとしか経っていない。Jリーグができてからの20数年も、代表監督は岡田武史さんを除いては、すべて外国人を招聘してきた。まだまだ日本サッカーは、世界のサッカー先進国から様々なものを輸入して成り立っている“途上国”だ。
そのような日本サッカーが、ブラジルやアルゼンチン、あるいはイングランドやドイツ、スペインといった伝統あるサッカー“先進国”を差し置いて、途上国・新興国だからこそ生み出せる、世界に通用するイノベーションとは何か。
それは、実は、「日本サッカーの進化」そのものだ。

世界のサッカー強国が、アジアのサッカー市場を攻略しようと躍起になっている。その市場は、世界に残されたフロンティアの一つであって、そして莫大な大きさを持つ市場だ。例えばイングランドのプレミアリーグの場合、年間売上2500億円の半分近くが世界200カ国以上から得ている「海外放送権料」だが、その内の約6割をアジアが占めている。つまり毎年約700億円もの大金がアジアからイングランドに流れているというのだ。

プレミアリーグの試合は、もちろんエンターテイメント・コンテンツとしては素晴らしいものだが、しかし、それをこのまま輸入し続けるだけでは市場拡大に限界がある。
まず、見に行くことができない。サッカーに嵌ったら、やはり臨場感あふれるスタジアムで観戦したくなる。目の前で見るプレイの素晴らしさが、現在のファン層を定着させ、さらなるファン層を拡大する。これはJリーグができて、我々が身をもって体験したことだ。
そして、何より、プレミアリーグを見るだけでは、自国のサッカーの強化にはつながらないということだ。自国がW杯に出て、W杯で自国の代表を応援する。究極的には、サッカーファンが望むことはそこに行き着く。日本サッカーのファンは、このことの素晴らしさと幸せを、この20年ちょっとだが経験してきた。
従って日本のサッカーは、この2つの限界を超えるために、アジア各国に大いに貢献できるはずだ。自身の進化をコンテンツとして提供し、共に成長するというモデル作りを、日本をおいてうまくできる国はないはずだ。

本来、途上国・新興国で受け入れられるコンテンツ(製品やサービス)を提供するのは容易ではない。
ビジャイ・ゴビンダラジャンが「リバース・イノベーション」で指摘した途上国・新興国の特徴は、「インフラのギャップ(インフラや制度が整っていない)」、「性能のギャップ(そこそこの性能で超割安のものを求める)、「距離のギャップ(新興市場から遠く、ニーズが分からない)」といった先進国とのギャップの存在だ。しかし、だからこそ、これらを逆手に取ることが必要だというのがビジャイ・ゴビンダラジャンのメッセージだ。

アジアのイノベーションに貢献できる日本サッカーの価値
しかし、これらのギャップは、日本だからこそ埋められる。
まず、「インフラのギャップ(インフラや制度が整っていない)」。サッカー新興国のどの国も、インフラや制度が整っていない中でこれからの発展を目指す。しかし、Jリーグも、文字通り“ゼロからのスタート”だった。Jリーグにはゼロから蓄積してきたノウハウが多数ある。これは、ずいぶん長い歴史のある欧州や南米のリーグでは提供できないはずだ。
そして、「性能のギャップ(そこそこの性能で超割安のものを求める)」。製品やサービスでも、途上国・新興国で求められるのは、“そこそこ”のものだ。サッカーでも、自分達を強化していこうという視点で見たときには、“手の届く範囲”でないと参考にならない。
そもそもJリーグができる前は、日本代表よりASEAN諸国の方が強かった。日本代表はJリーグが誕生したことによって急激に成長していったが、これだけ短期間でW杯出場常連国になっている国は珍しい。ASEAN諸国からすれば、「あの弱かった日本がなぜこんなに強くなったのか」という思いもあるはずだ。昔から強く、かつ、今の力の差も大きすぎる欧州や南米などのサッカー先進国は、手の届く範囲ではないのだ。
リーグの市場規模も違い過ぎて、アジアの途上国・新興国は先進国を参考にしにくい。世界トップレベルと言われるイングランドのプレミアリーグは、年間売上が2500億円(クラブチームの売上を除くリーグ本体のみ)で、Jリーグもアジアのリーグの中では断トツの数字だとはいえ、年間120億円程度だ。
最後に、「距離のギャップ(新興市場から遠く、ニーズが分からない)」。これは、アジアに位置する日本以外の国では絶対に埋められないギャップだ。
リバース・イノベーションは、“白紙状態のイノベーション”とも呼ばれる。なぜなら、上述したようなギャップは、富裕国・先進国がいまだ解決したことのない問題であったり、富裕国・先進国が何十年前にも前に似たようなニーズに対処した際にはまだ利用できなかった最新技術を用いて対応することになるからだ。途上国・新興国で機会をつかむことは、一から始めることを意味するのだ。「イノベーションを行う企業が勝ち、輸出する企業は負ける」というのがリバース・イノベーションが訴える要点だ。

ビジネスで起きているこうした動きを知ってか知らずか、Jリーグは、アジアに出て行って、自らのコンテンツを無償で提供し、アジアのリーグや各クラブチームの経営をサポートしていくことを始めている。“ともに成長する”というモデルで、各国サッカーを強くするイノベーションを起こしつつある。無償というのは、まだまだ発展途上だから、まずはこちらから先にどんどん貢献することが必要だと考えたと聞く。そうやって各国のサッカーレベルが伸びていけば、やがてはJリーグや日本サッカー全体に還元されていくだろうと考えたというのだ。

次の機会には、Jリーグがアジア各国でサポートしているイノベーションを具体的に紹介したい。

(参考)
「リバース・イノベーション」ビジャイ・ゴビンダラジャン他(ダイヤモンド社)
「Jリーググローバル通信」(Jリーグ国際部)

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サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 68:日本サッカーと「リバース・イノベーション」(下)