コラム

2017.11.01(水) コラム

サッカーから学ぶ組織開発・人材開発 68:日本サッカーと「リバース・イノベーション」(下)

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発(松村卓朗)】
第68回 日本サッカーと「リバース・イノベーション」(下)~Jリーグがアジア各国をサポートしながら起こしているイノベーション~

前回のブログでは、日本サッカーは実は「リバース・イノベーションの極めていい事例」ではないかと綴った。

リバース・イノベーションとは、これまでのイノベーションの常識を覆す考え方だ。通常イノベーションとは、最新の技術を用いて最新のモノを買える購買層に応えるために、先進国で生まれるものだと考えられてきた。途上国や新興国は、何年も経ってからそのおこぼれに預かるというもので、イノベーションとは縁遠いものだった。

しかし、途上国・新興国だからこそ先駆けてイノベーションを生める、そして、そこで生まれたイノベーションを富裕国や先進国が逆に輸入するという時代が来た。途上国・新興国だからこそイノベーションが生めるのはなぜか。富裕国・先進国がいまだ解決したことのない様々な問題に対応しなければならない状況にあり、富裕国・先進国が何十年前にも前に似たようなニーズに対処した際にはまだ利用できなかった最新技術を用いて対応できるからだ。旧態依然としたインフラなどの制約もなく、一から始めることができるので、かえって途上国・新興国の方が実は新たなイノベーションを生むのに有利なことも多いのだ。

サッカーにおいて日本は“新興国”だ。いや、まだまだ日本サッカーは、世界のサッカー先進国から様々なものを輸入して成り立っている“途上国”だ。そのような日本サッカーが、伝統あるサッカー“先進国”を差し置いて、途上国・新興国だからこそ、世界に通用するイノベーションを起こせる。

他の強豪国は持っておらず、日本サッカーだけが持っているものは、「成長曲線」だ。

元々は決して強いとは言えなかった、むしろ弱小国だった日本という国がJリーグを立ち上げ、あれよあれよとうちに強くなり、今やW杯常連国になった。これだけの成長曲線を持つ国は世界を見渡しても、日本しかない。日本の世界に誇れる強みは、短期間で着実に成長したという、実績のあるノウハウを持ち合わせていることだ。

日本サッカー、特にJリーグはこのことが大いに武器となることを認識し、アジアのサッカーに影響を与えようとしている。Jリーグがアジアで起こしている、他国ではあまり見られないイノベーションをいくつか紹介したい。

まず、Jリーグ自体の取り組みだ。2008年のリーマンショック以降、 Jリーグもスポンサーや広告獲得が比較的難しい状況となった。そこで勢い良く成長を続けているアジア諸国に目を向け、アジアでのビジネスの可能性を考え始めたという。Jリーグが培ってきたノウハウを、発展し始めたアジア各国のリーグに提供するということを始めた。リーグがコンサルティングしている例は世界を見渡してもあまりないものだ。これ自体、1つの大きなビジネスチャンスを見出したと言ってよい。

しかし、すぐに方向転換する。ノウハウを売るのではなく、ノウハウ自体は無償で教えることにした。Jリーグのノウハウを売るだけではお金だけの関係になってしまうと考えたようだ。その代わりに、現地の人たちのネットワークをJリーグにつないでもらったほうが、日本の地域や企業、全体の大きな利益になるのではないかと考え直したという。このやり方がJリーグのアジア戦略の基本となった。そこで、この基本戦略に則って活動する各クラブの例を続いて紹介したい。

例えば、大阪をホームタウンとするセレッソ大阪。メインスポンサーは、農作業機械の大手「ヤンマー」だ。アジアではクボタの後塵を拝していた。そこで、彼らがタイ進出への足がかりとして始めたのが、クラブチームとの協働によるサッカー教室だ。これには、経済的に恵まれない子どもたちへのサッカー支援を通じてブランドイメージの浸透と向上を図り、農業国として知られるタイでのビジネスチャンスを広げる狙いがあった。セレッソ大阪が培ったサッカー教室の運営のノウハウは、惜しみなく無償で教えているという。

静岡県に本拠を構えるジュビロ磐田。2015年から合宿地をインドネシアに変更している。インドネシアといえばオートバイが交通の要を担う一大市場だ。日本製のオートバイがシェアの約9割を占める。しかし、その6割がホンダで、ジュビロをスポンサードするヤマハは4割と水をあけられていた。合宿地をインドネシアとすることで、現地での活動や交流にも力を入れ、ブランドの認知拡大によって二輪市場での存在感を高めようという思惑があるようだ。

こうした取り組みを見ていると、日本サッカーのアジアへの貢献の仕方は、ヨーロッパとは明らかに異なることに気づく。ヨーロッパのようにアジアを稼ぐだけの市場と捉えるのではなく、アジア経済センターの一員として、「共に成長していこう」というのがJリーグの目指す形だと聞く。

Jリーグが掲げるスローガンも、「アジアのお金はJリーグにではなく、アジアのお金はアジアのために」というものだ。アジア各国はサッカー好きの政治・経済界の人たちが多く、ビジネスに直接携わっていることも多い。サッカーのノウハウは無償で提供しながら、人脈を拡大し、スポンサー企業のビジネスそのもののさらなる成長が促されるという循環を導いている。

リバース・イノベーションというのは、新興国・後進国で起こったイノベーションが、最終的に先進国で取り入れられていることとだと言った。

日本のサッカー、Jリーグには、日本だからできることで、そして、他のサッカー先進国にも取り入れられることがまだまだあると感じている。

「日本が経験した成長曲線」「アジアと共に成長するモデル」などはもちろんそうだが、その他にも、例えば「女性の観戦」ということも、リバース・イノベーションを起こせる可能性がある。Jリーグ観戦の男女比率は6:4だ。これだけ多くの女性がサッカーの試合を見に来るというのは、サッカーの世界では決してグローバルスタンダードではない。そのノウハウというか、安全面、プロモーション、エンタメ要素の充実など、大いに他国が学びたい、取り入れたいと思うはずだ。

これからもサッカーを観戦しながら、他国、特にサッカー先進国からも学べることと同時に、他国にサッカー新興国である日本から発信できることを探していきたい。

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