コラム

2022.07.28(木) コラム

「エグゼクティブ・コーチングで心理的安全性のある職場を実現」

ピリピリしていた職場が心理的に安全な職場に変わるとき

 ビジネスの現場で「心理的安全性」という言葉を頻繁に耳にするようになりました。
 1999年にハーバード大学のエイミー・C・エドモンドソン教授によって提唱されたこの言葉は、2015年にグーグルが「社内の調査研究でチームのパフォーマンスに最も影響を及ぼすのが心理的安全性であることが判明した」と発表したことがきっかけで、一気に注目を集めるようになりました。

 エドモンドソン教授が「職場の心理的安全性の鍵はリーダーが握っている」と言う通り、リーダーの言動で職場の雰囲気が大きく変わることは、誰しもが経験しています。では、リーダーの意識と行動はどうすれば変えられるのでしょうか?研修はもちろん重要ですが、より効果があるのがエグゼクティブ・コーチングです。
 実際、エグゼクティブ・コーチングでリーダーの成長課題として「職場の心理的安全性をいかに高めるか」が挙がることが増えています。今回は、あるエグゼクティブ・コーチングの典型的な事例をご紹介し、コーチングを受けたエグゼクティブが何を考え、どう変容し、「恐怖の職場」が「心理的安全性の高い職場」にどう変わっていったのか見てみましょう。なお、匿名性を担保するために、脚色を加えています。

心理的安全性とは

 事例のご紹介の前に、心理的安全性について簡単に解説しておきましょう。
 エドモンドソン教授は心理的安全性を「チームの他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと確信できる状態」と定義しています。反対の状態の場合、「チームの多様なメンバーが様々なアイデアを受け入れ、交わし合いながら、新たなことに挑戦するといったことができない」状態になります。
 新しいアイデアや挑戦が求められていない職場であれば、規律だけあればよく、心理的安全性は必要ないかもしれません。しかし、変化の激しい今日において、新しいアイデアや取組みなくして成功できる組織はめったにありません。だからこそ、心理的安全性が注目されているのです。

心理的安全性の阻害要因

 エドモンドソン教授は、心理的安全性を阻害する4つの要因をあげています。その4つとは、人間が根源的に避けたがることであり、しかも簡単に避けられることなのだそうです。

 避けたいことのひとつめは「無知だと思われる」ことです。人は、無知だと思われないよう「質問しないでおこう」と考えます。

 ふたつめは「無能と思われる」ことです。無能だと思われないように、失敗を恐れてチャレンジを回避したり、ミスを隠したりするようになります。

 3点目は「邪魔だと思われること」です。そのために「余計なことは言わないでおこう」と考えます。

 最後の4点目は「否定的だと思われること」です。なので「現状の批判や他者の意見に反対するのはやめておいたほうが無難だ」と考えてしまいます。

 心理的に安全な職場をつくるためには、これら4つの阻害要因を乗り越えるべく、リーダーが、質問することを奨励し、チャレンジによる失敗を称賛し、意見を積極的に求め、自分への反対意見を歓迎する必要があります。

ピリピリ感が蔓延していた組織

 さて、いよいよ実際の事例をご紹介しましょう。前述したように、匿名性を保つために、状況は脚色してあります。

 Y 氏は、大手メーカーの事業部長で、1000人近くの部下を率いている方でした。Y 氏はその事業で目覚ましい実績を有し、判断力や説得力に優れており、誰しもが認めるリーダーでした。ただ、Y氏からのプレッシャーでメンタルの不調を訴える部下は一人や二人ではありませんでした。部課長らはいつもピリピリしていたので、末端の従業員までもがピリピリするようになっていました。事業部の従業員エンゲージメント調査のスコアも芳しくなく、離職率も増える傾向にありました。事態を心配した人事部長が、弊社にエグゼクティブ・コーチングを依頼しました。

「嫌ならいつでもやめてください」

 コーチと初めて対面したY氏は、当初は明らかに半信半疑でした。自分のリーダーシップには相当な自信を持っており、事業のことを知らない外部のコーチに何がわかるのかと言いたげな様相でした。コーチは、「このコーチングは自分の役に立たないので嫌だと思ったら、いつでもやめていただいて結構です」とはっきりと伝えたところ、Y氏のガードは少し和らぎました。

 エグゼクティブ・コーチングは、コーチによる360度ヒアリングから始まりました。クライアントの上司・部下・同僚にヒアリングをしてフィードバックを収集するのですが、Y 氏の場合は、主に部下を中心に行われました。360度調査をオンラインで機械的に行っている組織は少なくありませんが、コーチによる直接のヒアリングを行うことで、フィードバックの内容をより深く掘り下げ、オンラインの調査結果よりもはるかに多くの洞察が得ることができました。

 部下からのY氏評で共通していたキーワードは「威圧感」でした。中には「Y氏が言葉を発していなくても、目の前にいるだけで、威圧感を感じ、身体が硬直してしまう」という人さえいました。心理的安全性とはかけ離れた職場であったのは火を見るより明らかでした。

「威圧するつもりはないのだけど」

 コーチが収集したフィードバックの報告書に目を通したY氏は、「こんなに威圧的と思われているのか!自分は威圧するつもりはないのだけど」と驚きました。
 コーチも驚きました。ここまで皆が口を揃えて「威圧的だ」と言っているのに、本人の自覚がないことに驚いたのです。同時に「威圧するつもりはない」というY氏の発言に大いなる希望を抱きました。たいていの人は、自分の行動が意図したのとは違う結果をもたらしていることに気づけば、自分の行動を顧みる気になるからです。Y氏の場合、問題は、本人は自分のどこが威圧的なのかわからないことでした。

 そこで、次のコーチング・セッションで、コーチは事前に「威圧感の特徴」リストを持参しました。

【威圧感の特徴】
1)横柄な態度をとる
・目力が強い、人を指さす、時計をよく見る、腕を組む、足を組む、肘を張る
2)上から目線の話し方をする
・ため口をきく、言葉遣いが荒い、相手をさげすむ/馬鹿にすることをいう
3)自慢話が多い
4)断定的な言い方が多い
5)大きい声で話す
6)何事も勝ち負けにこだわり、闘争心を出す
7)頭の回転が速く、理路整然と話す
8)体格が良い
9)物を乱暴に扱う
10)人と寄せつけない
・自分から声がけをしない

 そして、自分に当てはまりそうなものをチェックしてもらったところ「こんなこともわからないのか」といったセリフを頻繁に口にしていたり、部下の発言に対し「そうではなくて、こうだ」と断言したりしている自分に気づかれました。ちなみに、3番目の「自慢話が多い」は当てはまらないとご本人は言ったのですが、コーチは「初回のセッションではYさんの自慢話をだいぶ聞きましたよ」とフィードバックし、Y氏が苦笑するといった場面がありました。

次には、以下の「威圧的な人の心理」のリストも使って、内省を行っていきました。その内省は、Y氏の子供時代の父親との関係にまで及びました。

威圧感を出す人の心理
1)常に優位に立っていたい
・自分が主導権を握りたい、自分の思い通りにしたい
2)他人に認めてもらいたい
・承認欲求が強く、人に自分のことを否定されたくない
3)自分は偉い人と思っている
・あるいは、見栄っ張りで自分を大きく見せたい
4)自分に自信がある
・自分は他者より経験や能力がある
5)人から反論や批判をされたくない
・プライドが高い、自分の意見はいつも正しい
・あるいは、実は反論されると弱い、反論されることが怖く臆病者

心理的安全性と成果志向はトレードオフでない

 こうして自分を振り返り、変容させるべき行動群が明らかになっていたY氏ですが、その後のコーチング・セッションで、より根源的な部分での考え方を見直す瞬間が訪れました。

 常に高い成果をあげてきたY氏にとって、心理的安全性は、職場に緩みをもたらすのではないかという恐れがあったのです。「成果に対してコミットすることは決して譲れない」というのが彼の信条でした。

 しかし、エドモンドソン教授は、「心理的安全性と成果志向はトレードオフの関係にない」と断言しており、その2つの関係性を次のマトリックスで捉えることを提唱しています。

 Y氏は、自分の行動を変容させる目的は、組織が、このマトリックスの左上にある「快適ゾーン」ではなく、右上の「学習およびハイパフォーマンス・ゾーン」に向かうことなのだと認識しました。さらに、これまでの自分のリーダーシップ・スタイルが築いていた「不安ゾーン」でも、過去にはそれなりに機能し成果を出してきたこと、そして時代や状況が変わり今後はそれが通用しなくなることを、自らの言葉で説明しました。それを聞いたコーチは、Y氏の行動変容は揺るぎないことを確信しました。その後、Y氏の組織は目に見えて変化していきました。

 全てのエグゼクティブ・コーチングがこのようなハッピー・エンディングになるとは限りませんが、心理的に安全な職場づくりに有効な手段であることは間違いありません。是非、PFCまでご相談ください。また、一人ひとりにエグゼクティブ・コーチを付けるのは無理だという場合は、集合研修でインクルーシブ・リーダーシップを学んでいただくのも一案です。

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